【巻頭言】
コンピテンシーとは何だったのか

1.
コンピテンシーからコラボレーションへ
個人の競争力から共創力へ
   
2.
ポテンシャルを解放せよ
これからのハイパフォーマンス・オーガニゼーション

3.
タクミン(匠民)とジプロン(Gプロデューサー)
個人が国際的ネットワークを作る力
   
4.
アジアでのリーダー人材育成を考える
コンピテンシーと組織影響力からのリーダー育成

5.
組織のリズム・個の交響
ワールドカップに見た個と組織のマネジメント
   
6.
寄る辺なき若者への居場所マネジメント
大人だからこそ、気にかけてあげたい若者の心

7.
人生100 年。のキャリアコントロール
Web世界に学ぶ成果主義のゆくえ

8.
信じる姿勢
「あとは何とかする力」の高め方

9.
「レベル3人材」の評価と「レベル4人材」の発掘
コンピテンシーの限界と知的好奇心への着目

10.
現場感覚のあるR&D
自分は何でメシを食わせてもらっているのか

11.
人を丁寧に扱う人になる
必要な想像力はそこから始まる

【巻末言】
グリーンパワーの時代

.

アジアでのリーダー人材育成を考える
コンピテンシーと組織影響力からのリーダー育成
 

 

鈴木 康司

1. リーダー育成の課題

 中国・アジアにおける次世代のリーダー育成は、今後の日本企業のグローバル戦略を展開していく上で、避けて通れない課題になっている。
 中国・アジアの現地法人の役割が主に生産拠点、あるいは日本企業に対するサービスの提供に重きが置かれていた場合は、日本人駐在員が経営を行う運営は理にかなっている面もある。しかし、中国・アジア市場そのものに進出していく場合には、商品開発やマーケティング、販売等の各種機能が必要になり、何よりも、「現地の市場・顧客」に精通するローカル社員の存在が不可欠になる。
 そして、日本企業のさらなる成長に向けては、中国・アジアあるいはBRICs は見逃すことのできない重要な「成長市場」であり、そこでの事業展開を推進できるローカルのリーダー人材を育成することは重要な経営課題になっているといえる。

 しかし、中国・アジアの現地法人で、次世代を担えるリーダー人材がいるかどうかを尋ねると、「まだ育っていない」「そういうポテンシャル( 潜在能力)のある人材がいない」という回答が多くの企業から寄せられるのも事実である。

 以下は主な意見である。

  • 人柄や性格はよく、ルーチン業務はしっかりとできるが、戦略やプランを考えることができない。
  • 何か問題が発生すると、すぐに駐在員に頼ってきて、自分で考えたり、判断することがない。
  • 自分から提案することがなく、前例踏襲型で進めることが多い。改善するように指示を出しても、理由ばかり並べ立てて、変えようとしない。
  • 勉強好きで、トレーニングがあると喜んで参加する。しかし、研修は研修で終わってしまい、それを業務に役立てることがない。

 また一方でこのような意見もある。

  • 日本語が話せるので、駐在員としては頼もしい存在。ただ、駐在員から頼られるがゆえに、増長している面も見られ、自分の主張を曲げないときもある。
  • 駐在員の前では、いわゆる「YES Man」であり、従順で、言うことを忠実に守る。しかし、部下に対しては、かなり強圧的な態度をとっていて、二面性がある。
  • 部下掌握に長けており、軍団のボス的存在である。しかし、どちらかといえば、パワーで部下を抑える傾向が強い。ただ、自分の部下を育成することはあまり期待できない。
  • もともとポテンシャルのある人材であり、確かに仕事はとてもできる。前任者の頃に「甘やかして」しまったために、プライドばかり高く、自分が意見ばかり主張したり、自分の非を認めようとしない。
  • 頭はよく仕事もできており、周囲からの信頼もある。しかし、社内で改革をしようとすると、自分の権益を侵されたと思うのか、常に理由をつけて邪魔しようとしたり、実行しようとしないときもある。

 意見として多いのは明らかに前者の意見である。これは、明らかに「コンピテンシー(成果を達成するために発揮される能力)」の領域の話である。
 一方、後者の意見は、コンピテンシーではなく、リーダーとしての人格・品格、あるいは、人間的魅力・パワーの問題とも言える。

 中国・アジアの現地法人では、前者と同程度に、後者の問題も無視できない重要な点である。
 そこで、まずはこれらの二つの点について考えてみることにしたい。

2. コンピテンシーと組織影響力

 実際に、各企業においてリーダー候補者に対するアセスメント(評価)を実施していると、コンピテンシー面では十分に力がありそうでも、リーダーとしての行動や、組織に対する影響力の面で疑問を持つケースもある。当然のことながら、組織への影響力だけが強くて、コンピテンシーが発揮できていない場合もある。

 つまり、自分、あるいは自分の組織としての成果を達成するための「コンピテンシー」と、組織内での他者との関係性の構築、他者への影響力の発揮は別のものとしてとらえたほうが、各人の状況をよりよく把握できるものと思われるのである。

 ここで言う、組織内での他者との関係性の構築や、他者への影響力の発揮は、本稿では便宜上、「組織影響力(Organizational Influence)」と呼ぶことにする。

 ここで、図1をご覧いただきたい。

図1


 これは、コンピテンシーと組織影響力の軸とを組み合わせた図であり、人材のステージ(成長段階)を測定するための図と考えていただいてもかまわない。

 コンピテンシーの成長段階は、
 1:「確実性:定められた手法等を活用して、ミスなく、確実に完遂する」
 2:「主体性:本人なりの明確な意思に基づく行動」
 3:「独自性:通常の方法に自分独自の工夫や応用を加えた行動」
 として設定している。いわゆる、技術を身につける上での、「修(習得)・破(これまでの方法を疑う)・離(自分独自の世界を築く)」ととらえていただいてもかまわない。

 一方の組織影響力の軸は、
 1:「チームプレー、他者に対する支援・協力」
 2:「課題解決、関係者との交渉・折衝」
 3:「人と人、人と仕事の組み合わせによるシナジー効果の追求、人材
  育成を通じた組織力の強化・向上」
 というレベル感で設定した。
 これは、組織内において、役割が拡大するにつれて(より上位の役職になるにつれて)期待される、組織内の行動のあり方と言い換えることもできる。

 当然のことながら、コンピテンシーと組織影響力の双方を高めることが理想論である。
 より高い成果を達成していくためにはコンピテンシーを高めていく必要があるが、同時に、それを安定的に、さらには、より大きな成果を達成していくためには、個人のレベルだけでは影響力に限界があるため、どうしても組織影響力も高めていく必要がある。

3. リーダー育成のための成長シナリオ

 しかし、現実的には、正比例のような関係で高めるのは難しい。図2をご覧いただきたい。

図2


 点線の矢印は、個人の成長としては理想論であり、現実にはこのようにうまくいくことはあまり期待できない。
 ルーチン業務を長年担当してしまうと、「ルールに従って粛々と仕事をこなす癖」がついてしまい、コンピテンシーの次のレベルまでに「一皮むける」ことが難しくなる。
 いわゆる、三つ子の魂百まで、といわれるものであり、人間の成長のためには、この初めの段階を経験させるにしても、すぐに次のテーマにチャレンジさせるのかを考えていかないといけない。

 特に、アジアにおいては、入社したばかりの社員に対しては、「確実性」や「チームプレー」を要求することが多く、「Routine Worker」として数年業務を担当させることも珍しくはない。
 しかし、ポテンシャルを持った人材であればあるほど、この「Routine Worker」の段階はなるべく短くしたほうがよい。そのまま放置してしまっては、「こんな仕事は面白くない」ということで本人のモチベーションが下がる危険性があると同時に、「これだけやっていればいいのか」と、現状に安住してしまい、それ以上成長を停止してしまうリスクがあるからである。

 したがい、リーダー候補に対しては、「現場を知る」ために、ある程度の期間は「Routine Work」を担当させてもよいが、一定期間が経過したらすぐに、本人が自ら考えなければならないようなテーマを与える、というように、「Member」の領域の仕事を与えることが重要になる。そして、その後は、役割を拡大させ、「組織影響力」を高めていく必要がある。

 組織影響力の向上は非常に難しいテーマである。マネジャーとして必要なスキルについては研修・トレーニングを通じて習得させることができるであろうが、それだけでは不十分であることのほうが多い。

 むしろ、以下の要素のほうが重要性は高いであろう。
 ・マネジメントの見本の存在:
  自分にとって、手本・見本となるような上司がいるかどうか。残念なが
  ら、多くの日本企業ではローカル社員の中に見本となるような人材が
  いることは少ないため、日本人駐在員が正面からローカル社員と向
  き合うことによって、当面は見本を示していくのがよいだろう。
 ・意思決定プロセスの参画:
  ローカル社員に意思決定させる、ということではなく、何らかの意思
  決定をする際に、一緒に同席させたり、あるいは意思決定の後に、
  「なぜそのように決断したのか」という理由を明快に説明することであ
  る。会社の意思決定の際には様々なポイントを押さえた上で決断す
  ることが多いが、それらに接することによって、リーダーとして考慮す
  べきポイントを習得することができる(同時に、それを通じてその企業
  の価値観をよりよく理解することもできる)。
 ・場の提供:
  毎年同じようなテーマを実施していては人間の成長はすぐに止まっ
  てしまう。そこで、本人の得意分野や能力を見極めつつ、その人に合
  ったテーマを与えることができるかどうか、ということも重要な要素で
  ある。その際には、本人からも「ぜひやってみたい」と思ってもらえる
  まで、十分に話し合う必要があるだろう。
 ・チャレンジに対する認知:
  テーマに対する取り組みを行った結果、それが成功裏に終わった場
  合はそれを認知し、褒賞することが重要であることは自明である。た
  だ、もしも、十分には結果が出なかったとしても、単に叱責するので
  はなく、「ルーチンしかしていない人に比べて、その人は少なくともチ
  ャレンジしようとしていた」ことについては、しっかりと認知し、その人
  に対して次なるチャレンジの機会を与えることも重要であろう。常に
  切羽詰まった状態では人間は飛躍することが難しい。その意味で、
  経営者サイドの度量の深さも人材を育てる要素といえるだろう。

 このように、組織全体として人を育成していくための仕掛け・仕組みが、組織影響力の底上げには不可欠になるといえる。

4. より「個」に着目した人材育成のあり方

 ただ、残念なことに、人間は常に一つの方向に向かって成長するだけではない。ちょっとした「挫折」「つまずき」あるいは「慢心」「驕り」等によって、これまでとは全く異なる行動をとることもありうる。
 図3を参照していただきたい。

図3


 この図は、図1とは逆に、ネガティブなコンピテンシーと組織影響力を示している。
 コンピテンシーや組織影響力がネガティブな方向で発揮される場合は、無気力状態から、意図的な妨害行動(害となるような行動)までが想定されうる。
 そして、これらの状態は、誰しも一時的になってもおかしくはないものであり、何らかのきっかけで、図1のポジティブな世界から、図3のネガティブな世界に移動することは決して珍しいことではない。

 次に、さらに体系的にとらえていただくために図4をご覧いただきたい。

図4


 第一象限が図1 で示した「ポジティブ・コンピテンシー」+「ポジティブ・組織影響力」の世界であり、第3象限が図3 の「ネガティブ・コンピテンシー」+ 「ネガティブ・組織影響力」の世界を示している。しかし、当然のことながら、第2 象限や第4 象限の状態も十分に考えられる。

 これまでの人材育成では、「ポジティブ」の世界だけに着目してきたきらいがあった。そして、(ところどころで壁にぶちあたったり、踊り場のようなところで足踏みをしたとしても)人間はポジティブな方向に向かって常に成長し続けるという前提でとらえすぎていた面もあったのではなかろうか。

 しかし、人間は誰しも、常にポジティブな状態を維持できるわけでもない。また、いったん、ネガティブな状態に陥ったとしても、誰しも、自力だけでポジティブな状態に戻せる人はそれほど多くはない、という事実を受け止める必要があるのではなかろうか。

 「人間は常にポジティブ状態とは限らず、ネガティブな状態にもなりうる」ことを前提として人材育成を考えた場合には、現場のマネジャーのみならず、会社全体として、次のような視点で社員と接していくことが求められよう。

 「今、個々人の状態はどんな状態か」
 「ポジティブな状態であれば、いかに成長を加速させるべきか」
 「ネガティブな状態であれば、何が原因なのか」
 「上記原因に対応することで、ポジティブな状態に戻すことができるか」
 「あるいは、本人がワクワクするようなテーマを設定し、ポジティブな状
 態に戻すことができるか」

 これらの視点は、中国・アジアだけではなく、ひょっとしたら、まずは日本で実践すべきテーマであるかもしれない。
 しかし、グローバル化は避けて通れない課題であり、今のうちから準備しておかなければ次世代のリーダーを育てることはできない。

 単に研修やトレーニングを実施したり、ローテーションを実施しながら育成する、という「研修の制度や仕組み」を考えるだけではなく、個々人の状態を把握し、その人のやる気を最大限に引き出しながら育成していくような、よりきめ細かい育成のあり方を考える時期にきているのではないかと考えている。

 さて、お気づきの方もおられると思うが、冒頭の駐在員の悩みである。増長してしまったり、お山の大将になってしまっている社員のことである。
 彼らは、少なくとも、組織影響力の面でネガティブ状態に陥っている社員である。
 彼らをポジティブに変える方法はないのであろうか。
 このあたりについては、次号でまた考えることにしたい。

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●鈴木康司 すずきこうじ/東京大学法学部卒業後、住友商事(人事部)を経てワトソンワイアット株式会社入社。日本における人材マネジメントシステムの設計、導入支援に関するコンサルティング業務を経て、2001 年より、中国・アジアに展開する日系企業の組織・人材面でのコンサルティングに従事。2004年からは、ワトソンワイアット・ジャパンデスクを中国(上海)、タイ(バンコク)に開設し、同社コンサルタントのキャメルヤマモト、森田純夫らとともに本格的に中国・アジアにおけるコンサルティング活動を展開。ジャパンデスクとして「グローバルにおける日本企業の勝ち方」を研究・模索中。現在、日本(東京)、タイ(バンコク)、中国(上海)、フィリピン(マニラ)等の複数拠点をベースにしつつ、アジア各国での活動を拡大している。著書『中国・アジア進出企業のための人材マネジメント』(日本経済新聞社、2005 年8月)、『目標管理制度のための面談の進め方』(監修、日経ビデオ)。