【巻頭言】
コンピテンシーとは何だったのか

1.
コンピテンシーからコラボレーションへ
個人の競争力から共創力へ
   
2.
ポテンシャルを解放せよ
これからのハイパフォーマンス・オーガニゼーション

3.
タクミン(匠民)とジプロン(Gプロデューサー)
個人が国際的ネットワークを作る力
   
4.
アジアでのリーダー人材育成を考える
コンピテンシーと組織影響力からのリーダー育成

5.
組織のリズム・個の交響
ワールドカップに見た個と組織のマネジメント
   
6.
寄る辺なき若者への居場所マネジメント
大人だからこそ、気にかけてあげたい若者の心

7.
人生100 年。のキャリアコントロール
Web世界に学ぶ成果主義のゆくえ

8.
信じる姿勢
「あとは何とかする力」の高め方

9.
「レベル3人材」の評価と「レベル4人材」の発掘
コンピテンシーの限界と知的好奇心への着目

10.
現場感覚のあるR&D
自分は何でメシを食わせてもらっているのか

11.
人を丁寧に扱う人になる
必要な想像力はそこから始まる

【巻末言】
グリーンパワーの時代

.

人生100年。のキャリアコントロール
Web 世界に学ぶ成果主義のゆくえ
 

 

坂本 健

 Yahoo! 創業者の一人ジェリー・ヤン氏が日本進出10周年の記者会見でWeb2.0について語っていた。「オープンなサービスとコミュニティを通じて、コンテンツの発見、利用、共有、拡大を促し、人と人とをつないでいくもの」と。まるで、人材マネジメントの理想を語っているように聞こえた。「人がツールや能力を持ち、ソーシャルメディアを生み出していくのがWeb2.0……Web2.0の中心は“人”である」
 人材が自律的に人とつながっていきながら、コンテンツ(仕事や成果)の発見、利用、共有、拡大を行っていく世界。それを、多くの企業がコンピテンシーという概念を用いて実現しようとしてきた。人材マネジメントの世界ではなかなか実現しない苛立ちをよそに、Webの世界では自然発生的に概念化されつつある。Webが実現できて、人材マネジメントが実現できていないもの。それが今回の考察のテーマとなった。

真のフラット社会 ─ 年功序列はなくなったのか

 Webの世界がこれだけ発展してきた背景の一つとして、「誰でも参入でき、好きなだけ居座ることができる」という垣根の低さが挙げられる。それは、「コンテンツのレベルが低ければ低いなりに、高ければ高いなりに適切に市場に評価される」という真の実力主義が徹底されていることで実現していると言ってよいだろう。コンテンツを生み出し続けている限り、それなりの報酬を得ながら、そこに居続けることができる。コンテンツレベルがある水準を下回ると、お金にならず、掲示板への書き込みやカウンターの数字など、ささやかなフィードバックという報酬で我慢しないといけない。だが、それでもよいという人間を排除する機能はない。
 これは、決して自然に発生したものではなく、数多くの技術者たちが「ユーザーフレンドリー」という合言葉の下、技術開発にいそしんだ結果もたらされた果実だ。老人であれ、子供であれ、主婦であれ、サラリーマンであれ、誰もが、どこからでも参画できるようになった。真にフラットである。

 一般的なイメージでは、成果主義はいらない人を会社から追い出し、限られた極めて能力の高い人材だけをキープしようとする。このようなあまりにも偏った成果主義が徐々に破綻をきたしつつあるのは、この「真のフラットさ」に欠けるからではないかと考えられる。
 例えば、年功序列を廃止し、真の実力主義を導入すると言いながら、実際には賃金の低い若手にシフトするだけの「逆」年功序列と化している企業が多い。たとえ年齢が高くても、若者に負けない人材が、相変わらず若者の上に立てる環境が真の実力主義である。
 また、年齢が高いわりに、入社5年目と同じレベルの仕事しかできない人がいたとする。この人を「この年齢になって」と否定するのもおかしい。フラットじゃない。入社5年目と同じ処遇で、その処遇に見合った能力をしっかりと発揮してくれるのであれば、その人がいくつであっても喜んで迎え入れたほうがよい。入社5年目と20年目を全く区別せずに評価・処遇しないと、真にフラットとは言えない。

 評価者研修で受講生との間で行われる、典型的な問答を以下に紹介したい。

受講生 「管理職になる前のところで、どうしても実力が伸びないし、本
     人もそれ以上になろうとしない人がいる。そういう人をどうしたら
     伸ばすことができますか?」
講師  「本人は伸びたいと言っているのですか?」
受講生 「いや、だから、本人はそれ以上になろうとしないんです」
講師  「じゃあ、どうして伸ばす必要があるのですか?」
受講生 「そのままだと、ますますモチベーションが落ちて、今よりも仕事
     をしなくなると困るからです」
講師  「どうしてモチベーションが下がるのですか?」
受講生 「上に上がれなかったら、下がりませんか?」
講師  「本人がその立場での仕事に満足していて、そのくらいの仕事
     が一番いいと思っていて、それでこのレベルの報酬がもらえるな
     らそれでいい、と思っていれば落ちないんじゃないですか」
受講生 「そうでしょうか」
講師  「じゃあ、その方にその通りに話してあげればいかがですか?
     あなたの今の働きには満足していて、その働きに見合う報酬は
     きちんと払われます。でも、もっとレベルの高い仕事をしていた
     だかないと、これ以上にはなりません。逆に、もし今よりもレベル
     の低い仕事をするようになると、それに見合った報酬になりま
     す、と。もし、もっと報酬がほしいとか、もっとレベルの高い仕事
     をしたいと思ったときは、上司である自分に言ってください、でき
     る限り支援します、と」
受講生 「………」

 こんな具合に噛み合わない。
 日本における人材マネジメントには、必ずと言っていいほど「統合・収束」志向という特性が見受けられる。目標管理という概念が紹介されると、それを用いて、会社の目標に向けて社員の意識・行動を統合していこうとする。コンピテンシーという概念が出てくると、パフォーマンスの高い人材の思考・行動をモデル化し、社員の思考・行動を同じ方向に誘引していこうとする。
 本当は、目標管理であれ、コンピテンシーであれ、人材の多様性を認め、それをうまく活用していくために運用するという道もある。しかし、日本人の国民性なのか、他人を信頼する力が足りない。どうしても野放しにできない。なんとかコントロールしようとする。
 実力主義とは、「実力の高い人を優遇する」仕組みではなく、「実力に応じた仕事を与えて、適切に処遇する」仕組みである。年功序列を否定したいためだけに実力主義を標榜すると、過去の「右肩上がり」のキャリアイメージを引きずった人材マネジメントが行われる。この1、2年、成果主義や実力主義の行き詰まりを主張する人が多いが、行き詰まる以前に、正しく認識し、運用していないことが多い。

 こうした序列感を廃し、誰もが、それぞれのポジションで適切な処遇を受けながら精いっぱい働けるようになるためには、Webと同様、「ユーザー(エンプロイー)フレンドリー」を目指した基盤整備が必要となる。例えば、昇格がよい例だ。昇格すると昇格した人に対して研修を行う企業が多い。だが、昇格しなかった人に対してしっかりと動機付けを行うために、メッセージを発信することも大切だ。「昇格しなかったからといって、あなた方を否定するつもりもないし、会社にとってあなた方が必要な存在であることに変わりはない。自分のキャリアを自分なりのペースで考えながら、精いっぱい働いてほしい」と。その上で、キャリア選択や、仕事とプライベートのバランスの取り方など、新しい考え方に馴染んでいくためのコンサルティングを行うというように、評価や報酬ばかりでなく、価値観を変えていくための働きかけも重要になっていく。

雇用の多様化とキャリアコントロールの重要性

 Web2.0とは、「ネット上の不特定多数の利用者が情報の発信やサービスの開発に能動的に関わるようになったという、ここ数年のWebの変化を総括する言葉」(『日経コンピュータ』)だ。いわば、現象ありきの、後付けの概念である。IT業界というのは、こういうところがすごいと思うが、どんな問題が起きても、決して後戻りしないし、現状を速やかに肯定して、次世代に思いを馳せるパワーがある。銀行のシステム問題や、昨今の情報漏洩問題など、様々な問題が生じても、「やっぱりインターネットなんて」という話にはならない。

 そういうWebの姿勢を見習って、最近の人材マネジメントについて、その現象面だけを見てどのような変化が起きているかを考えてみた。特に目立つものだけをピックアップしてみると、以下のようなトピックスが記憶に新しい。

 定年制の廃止。改正高年齢者雇用安定法の影響もあるが、必ずしもそればかりではない。定年という概念は、よくよく考えてみると成果主義・実力主義の理屈と真っ向から対立する。実際に定年制の廃止に踏み切ったマクドナルドの原田泳幸CEOは、その意図について「働く人の意欲がそがれないように、能力と成果に基づく処遇を徹底するため」と強調した。同時に、この件については、「実力本位で登用する姿勢を鮮明にすることにより、外部の優秀な人材を受け入れやすくなるとの判断もある」(日本経済新聞)という。
 厚生労働省によれば、現在、定年廃止を選ぶ企業は0.5%とわずかだが、今後の人材獲得競争の中で主流となっていく可能性も否定できない。

 副業公認。もともとは、「失われた10年」の間にリストラが高じて、副業を公認するようになったのが始まりだ。だが、「週末起業」という言葉が流行ったように、働き方の多様化とともに、副業のあり方も多様化してきた。収入補填でなく、趣味が高じて商売になったり、起業へ向けた修業や試行としての副業など、その動機も様々だ。ネットトレードやオークションなど、どこまでが副業に相当するかという判断がグレーになっていく中で、副業を公認する企業も少しずつ増えているようである。
 副業を公認するということは、社員の流出のリスクを背負うということにもなる。だが、企業にとっては「社員にとって魅力的な企業になる努力を継続する」プレッシャーとなり、むしろ、競争力向上へのエネルギーとして受け止めているようだ。

 非正社員の雇用拡大。何度か本誌でも取り上げたが、派遣社員や契約社員の雇用は引き続き活発だ。景気が上向いてきたため、新卒採用と同様、こちらも完全な「売り手市場」となっている。労働力が逼迫していく中で、2007年問題のように直近の労働力確保が課題となっている。こうした背景を受けて、シニアや主婦などを積極的に受け入れていこうと、企業の側でも雇用形態の多様化を目指す動きが活発化してきた。従来は「正社員のように固定費にならない労働力」というネガティブな理由による活用だったが、最近はむしろ、「様々な働き方を用意することで、人材を受け入れやすくする手段」というポジティブな発想に変わりつつある。

 共通して言えることは、人材の働き方を制約していた様々な枠組みを取り除き、門戸を開放することで人材獲得の競争力を高めようとする発想である。人材を確保するために囲い込むのではなく、むしろ外界との接点を増やし、出入り自由に近い状態にする。人と一緒に外部の知恵が流入し、企業の活性化を図る。そのためにも、あらゆる人材にとってフレンドリーな環境を整えるために企業が知恵を絞る。
 このような傾向が強まり、世の中の趨勢として認知を受けるようになれば、おのずと前章で記述したようなキャリアイメージの押しつけはなくなっていくに違いない。入るのも出るのもタイミングが自由で、年齢や勤続年数という概念が無力化されていく。Web 世界のような、真にフラットな環境に近づいていく。

 企業の環境が整っても、肝心の人材のメンタリティがそれに追いつけなければ意味がない。Web のように老若男女がその環境を使いこなしてくれなければ発展は望めない。
 とかく日本の企業人は相対評価で物事を見がちだ。年功序列という枠組みがなくなり、標準が消滅した中で、彼らがよりどころにするのは同期や同世代との比較である。周囲よりも出世が遅かったり、年収が低かったりすると焦り、不安になる。何とかしようと一生懸命頑張っても、ポストの数は限られるので、全員が同じように上がっていけた年功序列の世界のようにうまくはいかない。現実を直視できればよいが、そうでなければ、精神的に不安定になっていく。
 このような事態から逃れるためには、できるだけ早く相対評価に頼るのをやめ、自分を絶対視することが必要だ。「早く出世する」ことが「えらい」というコンセンサスは、「年齢」が人材マネジメントの中心に据えられている場合に限った、条件付きの価値観である。今はまだその名残が多くの日本企業を覆っているが、成果主義や実力主義の本質を見据えていけば、おのずと払拭されていく。横にいる人間と自分を比較することの無意味さに早く気づいたほうがいい。
 真にフラットな世界を充実しながら生きていくためには、自分自身のキャリアのコンセプトを明確に言語化し、その機軸に沿ってキャリアのスピードや方向性をセルフコントロールしていく力が必要だ。22歳で入社し、課長になり、部長になって、60歳で退職するという、標準的な人生などもはやありえない。ずっと平社員でいてもよいし、それで所得が足りなければ副業で補ってもいい。自分のオリジナルの人生をゼロベースでデザインする力を身につけていくことが求められる。

人生100 年。

 従来の延長線上の価値観で「アーリーリタイア」を目指す30代が増えているそうだが、個人的には逆のほうが素敵に思える。リタイアなんてもったいない。老後とか第二の人生などと考えず、100歳まで現役でいるつもりでもう一度人生設計を考え直してみると、世界が広がる。会社から「年齢」という時間軸が取り払われるとしたら、自分の中の時間軸を取り壊すことにも熱心にならないといけない。年齢を気にせずに取り組む「新しいこと」から、世代を超えた新たな出会いや共感、新鮮な刺激を得て、年齢を超えた「成長」の糧にする。自らのポテンシャルを解放するために、まずは「老後」という概念を捨て去る必要がある。
 人生100 年。自分のキャリアコントロールを、そこから考え直していきたい。

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●坂本健 さかもとけん/総合商社、外資系コンサルティングファームを経てワトソンワイアット株式会社入社。オペレーションフローの設計・導入や中間管理職層を対象とした意識改革・マネジメントスキル向上支援等、オペレーション、現場マネジメントに関わるコンサルティング経験が豊富。入社後は「個の開発」を志向した組織・人材マネジメントシステムの設計・導入支援を行う。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。