
|
【巻頭言】 |
. |
人を丁寧に扱う人になる
|
||||||||
|
河合 太介 |
東京、港区にオープンした「男性専用高級ヘアサロン」に行ってみました。髪の毛を切り、オプションで頭皮マッサージをしてもらって、約1.6万円ほどでした。普通の理容室に比べれば、確かに高いです。しかし、価格以上の心の満足を得て、私は家路につくことができました。
そもそも、多くの女性がなぜ高いお金を払って、足しげくエステやスパに通うのか、その実感を得たいというのが動機でした。実際「はまった」のですが、そのお店のからくりは次のような感じでした。
夜7時に予約を入れていたのですが、道に迷い、到着は7時20分近くになってしまいました。しかし、扉を開けると、素晴らしい笑顔と、そんなことに一切ふれない会話でスタッフは私を待ち受けてくれました。
ホールは、ほの暗く、高級バーのような大人の雰囲気であり、革張りの堂々としたソファチェア&テーブルが置いてあります。遅れてきた私(閉店は9時で、しかも予約したコースは2時間かかる)を、焦らすことなく、そのチェアに案内してくれました。そして、しゃれたグラスに入った冷たいお茶を「お疲れ様です。まずは、ゆっくりお休みください」と言って、笑顔とともに、さっと差し出してくれました。
坂の多い道を小走りで来たので、汗をかき、喉が渇いていた私は、それをぐっと一飲みです。さあ、髪を切りましょう、となるかと思ったら、そこからカウンセリングが始まりました。「どうしたい」ということを丁寧に聞いてくれます。かなり細かいことを言っても、「それでしたら……」という提案を、一つ一つに対して返してくれます。
ようやく、今回の内容が決まりました。この段階ですでに、私の気持ちはかなり「心地よく」なっていたのですが、最後に、彼らが持ってきたのが、音楽メニューでした。クラッシック、ジャズ等数多くのレパートリーの中から、自分の好きな音楽を施術中かけてくれるというのです。「ああ、ここまでやるんだ」と思いながら、これまた相談して、メニューを決めました。
実際に髪を切る場所は、別室に移ります。部屋はすべて個室で3室。自分の好みの部屋を選ばせてくれます。この日はすでに私が最後のお客であったため、一番広めの個室を選択。そこから施術が始まったのですが、閉店の9時をすっかり回り、10時近くになっても、急がせることは全くありませんでした。
終わってから再びロビーに戻ったあとも、すぐに会計をしてシャッターを閉めるのでなく、また例のチェアに案内され、今度は中国茶と美味しいショコラを運んできてくれました。
こうして店を出るときには、私の気持ちはすっかり価格以上の満足感を得ていたというわけです。
髪を切ってもらいながら、私はずっと考えていました。「いったい、自分は何に対してこの店にお金を払っているのだろうか」と。結論は、「自分を丁寧に扱ってくれている」ことに対するものでした。
考えてみれば、現代社会に生きる人は「自分を丁寧に扱ってもらえる」時間が欠乏しているのではないでしょうか。家にいても、通勤電車に乗っても、会社にいても……。一所懸命、神経をすり減らし、体を酷使し、自らの背負った社会的役割に対する義務を果たしていても、1日の中で、いや1カ月、1年間の中で、「自分を丁寧に扱ってもらえる」時間はどれだけあるでしょうか。
マズローは欲求5段階で、下位から次のように定義しています(図)。@生理的欲求→A安定・安全欲求→B親和欲求→C承認欲求→D自己実現欲求。
生理的欲求とは、生きるうえで欠くことのできない欲求で、空気、食事、睡眠、性等です。あとは文字通りと理解していいでしょう。
|
図/マズローの欲求段階説 |
![]() |
低次の欲求が満たされると、人はより高次の欲求を求めるとされます。
「金銭という手段」に偏ってしまった課題はあるものの、承認欲求を満たす仕組みを充足させた企業の次のテーマとして、自己実現というのは、確かにあるでしょう。しかし、そのような高次の欲求を満たすことばかりに目を向けることには課題が2点あると考えます。
一つは、「高次の欲求を追求することは、それよりも低次の欲求を否定することではない」という点です。つまり、自己実現欲求のステージにある人に対して、生理的欲求、親和欲求等は考えなくてよいというわけではありません。
課題の二つ目は、「各レベルの欲求は、社会の変化・成熟度によって、質的に変化していく」ということを見逃してはならないという点です。
確かに、発展途上国や戦後間もない日本では、生理的欲求の食べ物は、純粋に「生きるための食べ物」レベルでよいでしょう。日本はそれを満たしました。しかし、満たすと同時に質的変化が生まれます。「美味しい」食べ物を求めるようになるのです。したがって、高次元の欲求充足のステージに会社はきているからといって、社員食堂の食事を昔と同じレベルのもので提供していては、大きな不満が生まれることになります。
食べ物に関して言えば、美味しいを満たすと、今度は、食べ物に付随する「空気」、例えば、インテリアやサービスの質を求めるようになります。ただ美味しいだけのレストランでは流行らなくのが、それを表しています。
それだけでなく、各欲求の構成要素も社会の成熟度等によって変化します。マズローの時代に想定していないような質的要素が入ってきてもおかしくありません。
先に見たように、ストレスフルな現代日本においては、生きるうえで欠くことのできない生理的欲求には、「自分を丁寧に扱ってもらえる」という要素が入ってきているのではないでしょうか。実際、この要素に対する決定的・継続的欠如が、近年増加する自殺の原因に影響していることは否定しにくいと思われます。
低次欲求とされる生理的欲求は、自己実現欲求を満たした人であっても無視できません。いや、むしろそのレベルの欲求を満たした人ほど、実はまた一番低次の欲求に帰ってくるのが人間というものではないでしょうか。実際、冒頭に紹介したサロンには、社会的に高次欲求を満たした人が集まってきています。
自己実現、仕事充足は大切ですが、と同時に現代版生理的欲求に応える「受け皿」を会社がもつことが、人材を本当に大切な資本と考える経営ならば必要ではないでしょうか。
「自分を丁寧に扱ってもらえる」会社、仕組み。それは何をしたらよいのでしょうか。答えは書きません。「丁寧に扱う」という言葉を論理的に分解し、「だからこういうことが必要なのだ」とやったところで、多くは人の心をとらえないからです。人間は、そんなに単純ではありません。そのように心を論理的に解こうとすると、たいていは論理的誤謬に陥るでしょう。読んで、分解して、頭で理解するものではないのです。心でつかみとるものです。
では、何をしたら自分なりの答えに近づけるのでしょうか。それは、まず、自分の身近な人に対して「丁寧に扱う」という行為を実践してみることです。家族、両親、彼女、彼氏、隣の席の人、同じ部署の人……こういう人たちに、自分が考える「丁寧に扱う」をやってみてください。
笑顔が生まれてきましたか。
その人たちは、あなたに対して優しくなりましたか。
一緒にいる時間が楽しくなってきましたか。
あなたの、どんな行為がそのような風を運んだのでしょうか。
まず自分の身近な人たちを「丁寧に扱う」。それができて初めて、大勢の人、会社全体の人を丁寧に扱う手立てが想像できるのです。
| トップへ戻る ▲ |