1.
敗者のゲームを超えて
年金新時代
   
2.
ゼロからのリスク・バジェッティング

3.
年金新時代における運用戦略の新機軸
LDIがもたらす運用戦略の多様性
   
4.
なぜダイバーシティか

5.
ダイバーシティの導入
収益性と確実性を両立させた年金運用の実現
   
6.
ダイバーシティ戦略と年金ガバナンス
3者で成し遂げよう、付加価値創造!

7.
「ベータ」と「アルファ」再考
安い「ベータ」と頼れる「アルファ」

基礎講座
多様化するパフォーマンス測定尺度

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ゼロからのリスク・バジェッティング
 
 

 

川辺 純

 年金スポンサーが、通常、年金資産の運用体制を構築するプロセスは、まず年金ALMにより基本資産配分を決定した後、アクティブ度合いやアクティブ比率等を考慮しながら、マネジャーストラクチャーを検討し、そのストラクチャーの各役割に最も適したパッシブ・アクティブ運用機関を選択・委託するという流れであろう。
 このプロセスで、真に債務状況に見合った最適なリスク・リターン特性をもつ運用体制が構築できているかという疑問が生じる。つまり、最初に年金ALMにおいて債務を分析し、債務状況に見合った最も効率性の高い資産配分を決定しておきながら、実際に運用機関の委託先を決定した後の最終形は、本当に効率的なリスク配分(リスク・リターン効率)となっているのであろうか。当初意図しなかった余分なリスクを負担していたり、特定のリスクに偏重していることはないだろうか。
 本稿では、従来型の資産運用体制構築のプロセスの特徴と問題点を整理した上で、個々の年金の債務状況に応じて、より効率的な運用体制を構築するための新しいフレームワーク:「LDI」+「ダイバーシティ」に関して考察と提案を行う。

トータル・リスク

 年金スポンサーが最終的に負担するリスクとしては、主に年金ALM により決定される市場(β)リスクと、アクティブ運用機関の採用により追加されるアクティブ(α)・リスクがあげられる。
 年金債務に対して基本資産配分を決定するまでの年金ALM のプロセスは、市場のリスク・リターンのみを想定しているため、策定した基本資産配分の想定リスクは、パッシブ運用を前提としたものとなる。したがって、実際にアクティブ運用を行う際には、当初想定した市場リスクに対して、追加的にリスクを負担することになる。この追加的なアクティブ・リスクを管理するプロセス(リスク・バジェッティング)においては、通常、アクティブ(パッシブ)比率やアクティブ度合いの決定、採用ベンチマークの検討といったプロセスが行われ、最終的に追加するアクティブ・リスク量が決定される。すなわち、年金スポンサーが最終的に認識すべきトータル・リスクは、年金ALMにより想定した市場リスクに、リスク・バジェッティングにより決定したアクティブ・リスクを追加したリスクとなる。
 この市場リスクとアクティブ・リスクを合わせたトータル・リスクは、市場リスクとアクティブ・リスクに全く相関がない(各々が連動しない)と仮定すると、市場リスクとアクティブ・リスクをそれぞれ底辺と対辺とする直角三角形の斜辺の長さとして計算され、通常、アクティブ・リスクに比して市場リスクは大きいことから、トータル・リスクに対する追加的なアクティブ・リスクの影響は実は小さい(図1)。実際、市場リスクを9%、総資産に対するアクティブ・リスクを2%と仮定した場合、トータル・リスクは約9.2%となり、トータル・リスクは、市場リスクから高々0.2%程度しか増加しない。

図1/トータル・リスク


トータル・サープラス・リスク

 次に、このトータル・リスクを、年金ALM同様、年金債務の観点からとらえ直してみる。昨年の拙稿(※1)でも簡単に触れたように、年金資産変動リスクの中の市場(β)リスクは、年金債務に連動して債務変動リスクを相殺する部分と、年金債務に連動せずトータル・リスクを増加させる部分の二つに分解することができる。また、年金資産変動リスクの中の運用機関のスキル(α)の変動は年金債務に連動しないとすると、年金債務からみたトータル・リスク(アクティブ運用も含めた年金資産全体から年金債務を引いたサープラスの変動リスク)は大きく次の三つのリスク要素に分解することができる(図2)。

図2/トータル・サープラス・リスク


 @ 市場リスクで相殺されず残る債務変動リスク
 A 債務に連動しない市場(β)リスク
 B アクティブ(α)・リスク

 このトータル・サープラス・リスク(年金債務に対するトータル・リスク)を構成する各リスク要素に関して、そのリスクが生じる原因やその特徴を理解することが、年金資産運用の効率性向上につながる。

@ 市場リスクで相殺されずに残る債務変動リスク
 年金債務が金利やその他要因により変動する場合、この年金債務の変動リスクは、トータル・サープラス・リスクを増加させる要因の一つとなるが、年金債務の変動が市場変動に少なからず連動しているならば、市場リスクを上手に活用して両者の変動を相殺させることにより、この年金債務の変動リスクを抑制することが可能である。
 ただし、欧米のような年金債務の厳密な時価評価を求めない日本では、年金債務の種類や評価方法によって、時価評価を行う資産との間でどうしてもミス・マッチが生じてしまうこともある(残余債務リスク)。例えば、退職給付会計上の債務である退職給付債務(PBO)や、年金財政の非継続基準で用いる最低積立基準額は、債務の変動に大きな影響を与える割引率の決定方法(国債利回りの過去平均など)次第で、金利変動に直接的な影響を受ける債券資産との間にミス・マッチが生じる。また、厚生年金本体の実績利回りに連動して変動する代行部分の年金債務も、その実績利回りに連動する利率を適用するタイミングのずれや、厚生年金本体の運用状況によりミス・マッチが生じる。また、閉鎖年金のような既に給付が確定している年金制度でなければ、毎年の予定と実際のズレも、そうしたミス・マッチの要因の一つとなるであろう。

A 債務に連動しない市場(β)リスク
 年金ALMで決定する市場リスクのうち、年金債務の変動に連動しない部分は、トータル・サープラス・リスクを増加させる要因の一つである。対象となる年金債務にもよるが、例えば年金債務に連動しない株式変動リスクや、債券変動リスクのうち年金債務とのマッチングで残ったリスクなどが考えられる。
 このリスクにより享受する市場(β)リターンは、市場に投資する参加者すべてが享受可能なリターンである。

B アクティブ(α)リスク
 通常、年金ALM実施後のリスク・バジェッティングのプロセスによって追加されるアクティブ運用によるアクティブ(α)リスクは、年金債務の変動に連動しないため、トータル・サープラス・リスクを増加させる要因の一つである。
 この運用機関のスキルによって生じるアクティブ(α)・リターンは、一般的には、参加者全員が享受できるのではなく、享受できる者もいれば逆に失う者もいるゼロ・サム(コストを考慮すればマイナス・サム)のリターンである。

リスク低減による効率性向上 ― LDI

 さて、トータル・サープラス・リスクを構成するこの三つのリスク要素に対して、年金資産全体の期待(サープラス)リターンを維持しつつ、低減させることができれば、トータル・サープラス・リスクは減少し、年金資産運用全体の効率性(対債務:リスク当たりリターン)を向上させることができる。この三つのリスク要素のうち、まずは「@市場リスクで相殺されずに残る債務変動リスク」に関して、リスク低減プロセスの検討を行う。

 「@市場リスクで相殺されずに残る債務リスク」は、他の二つのリスク要素と異なり、そもそも負担したリスクに見合うリターン(リスク・プレミアム)を期待する類のリスクではない。すなわち、年金スポンサーの立場で、敢えて債務変動リスクを負担してプラスの期待サープラス・リターンを取りにいく行為は、通常の投資行動ではあまり想定されない(※2)。したがって、敢えて債務変動リスクを取りにいく方針ではない限り、この債務リスクを、債務と連動する市場リスク(マッチング資産)を用いて可能な限り除去することが、効率性を追求する戦略(LDI) の第一歩となる(図3)。

図3/LDIとダイバーシティ


 この債務変動リスクの除去プロセスは、リスク側面のみに着目している点で、リターンとリスクの両面からバランスさせる年金ALM の目的とは少し異なる。年金ALM では債務変動リスクの最小化が最終目的ではなく、各年金スポンサーの必要リターンといった個別要件を満たす最も効率的なポートフォリオを、市場(β)リターンのみで達成することが最終目的となる。一方、この債務変動リスクの最小化プロセス(LDI )は、年金スポンサーの最終的な期待リターンを満足させるか否かはまだ問題ではなく、「@市場リスクで相殺されずに残る債務リスク」をこれ以上減らすことができない限界的な「残余債務リスク」に、いかに近づけられるかを目的とする戦略である(LDI 戦略の詳細は、本特集号の「年金新時代における運用戦略の新機軸」〔岡田章昌〕参照)。ただし、ここで用いるリスク指標が、通常の「変動性」を意味する指標ではなく「VaR(Value at Risk)」のような期待リターン水準も関係する「下振れリスク指標」である場合は、期待リターンと想定リスクを切り離した議論ではなく、年金ALM 同様、リターン、リスクの両面から、年金債務と市場ベータ、アルファを一体化して取り扱うアプローチが必要になる場合も生じるであろう。

 また、債務変動を相殺するための「マッチング資産」の活用に関しては、例えば、退職給付債務(PBO )や、年金財政上の最低積立基準額に対しては債券の活用が中心になるであろうし、厚生年金本体の実績利回りに連動して変動する代行部分の債務に対しては、単一資産でのマッチングというよりは、厚生年金本体のポートフォリオ自体を「マッチング・ポートフォリオ」ととらえ、その「マッチング・ポートフォリオ」を活用するアプローチが基本となるに違いない(代行部分の債務の詳細は、昨年のワトソンワイアットレビューvol.34 の「総合型基金における政策アセットミックスの常識再考」〔五藤智也〕参照)。

リスク低減による効率性向上 ― ダイバーシティ

 次に、残る二つのリスク要素「A債務に連動しない市場リスク」と「Bアクティブ・リスク」の効率的活用に関して検討を行う。
 この両リスク要素は、リスクの本質は異なるが、負担するリスクに見合ったリターン(リスク・プレミアム)を期待できる(可能性がある)という点において、同一カテゴリーに属するリスク要素であるといえる。もちろん、株式などの市場リスクと運用機関のスキルに依存するアクティブ・リスクでは、市場リターンは市場参加者すべてが享受可能なリターンであるのに対し、アクティブ・リターンは、投資する参加者全員が享受できるのではなく、享受できる者もいれば逆に失う者もいるゼロ・サム(コストを考慮すれば、マイナス・サム)のリターンであるという意味で、本質的には全く異なるリスク要素である。しかし、両リスク要素とも、年金債務に対して連動せず、必要な期待リターンを補うために選択可能な収益源泉(リターン・ドライバー)の選択肢の一つという観点から考えれば、両リスク要素を区別して取り扱わなくてはならない理由はない。資産配分上は一見分散されているように見える年金スポンサーのポートフォリオも、リスクの面からとらえると、株式リスクに依存する割合が非常に高く、株式市場の変動にポートフォリオ全体が大きな影響を受けている(本特集号の「なぜダイバーシティか」〔大海太郎〕/図3参照)。
 さて、このような株式リスク偏重を生む背景として、投資可能なアクティブ・リスク要素の選択肢の少なさといった投資環境の問題や、市場リスクに比べてアクティブ・リスクに対する確信度の低さが考えられるが、これに加えてより本質的な問題としては、年金ALMからリスク・バジェットにつながる一連の資産運用体制構築プロセスが考えられる。通常、年金スポンサーに要求される必要リターンは、初めに年金ALMで市場リターンのみで達成し、その後のリスク・バジェットにおいてアクティブ・リターンを追加するという市場リスクありきのアプローチであるため、結局、市場リターンの主要素である株式のリスク・プレミアムが、唯一の主要なリターン・ドライバーとして選択される結果となってしまう。
 LDIによる債務リスク最小化プロセスの上に「A債務に連動しない市場リスク」と「Bアクティブ・リスク」を、必要なリターンを満たすための「リターン・ドライバー」という同じ尺度で評価を行い、さらに従来のアルファやベータといった「リターン・ドライバー」に加え、長期や流動性、信用といった多様化した「リターン・ドライバー」を模索、導入することにより、従来の市場リスク偏重を改善し、市場に振り回されない真の意味でリスク分散された年金資産運営:「ダイバーシティ」を可能にする(図4)。

図4/新しいアプローチ


 ただし、「Bアクティブ・リスク」で期待されるアルファ(α)・リターンはゼロ・サムのリターンであるので、「ダイバーシティ」の導入の是非は、年金スポンサーのガバナンス能力に依存する。ガバナンスが低い年金スポンサーにとっては、αはリスクが高く、かつマイナス・リターンしか生まない最も非効率なリターン・ドライバーなため、「LDI」の土台の上には「A債務に連動しない市場リスク」(パッシブ運用)のみで構成したほうが良いという結論に達せざるを得ないかもしれない。一方、ガバナンスが非常に高い年金スポンサーにとっては、αは負担するリスクに見合った十分効率的なリターンを生むリターン・ドライバーであり、市場リスク要素などと合わせて、より効率的な「ダイバーシティ」ストラクチャーを構築することができるであろう(ダイバーシティと年金ガバナンスの関係の詳細は、本特集号の「ダイバーシティ戦略と年金ガバナンス」〔窪誠一郎〕参照)。

「LDI」+「ダイバーシティ」

 本稿で紹介した、この「LDI」+「ダイバーシティ」のアイデアは、まだまだ現状からの乖離は大きく、年金スポンサーにとってガバナンス能力のより一層の向上を含め、今後の大きなチャレンジである。また実際に「ダイバーシティ」プロダクトを提供する運用機関にとって、また我々コンサルタントにとっても、新たなリターン・ドライバーの発掘や、さらなる分析・研究が求められるという意味において大きなチャレンジである。

 しかし、従来の市場(β)という市場参加者誰しもが分け隔てなく運用の成果を享受できた世界から、どの年金スポンサーもアクティブ運用(α)というゼロ・サムの限られた果実を奪い合う世界に少しずつ足を踏み入れるようになってきている昨今、今後は、さらにより限られた果実を求めて、年金スポンサー自らの能力(ガバナンス)を武器に、貴重なリターン・ドライバーの奪い合いが激化するであろう。ただし、それこそが厳しい年金環境の中で、自年金の加入者や受給者を守り抜くために必要な姿勢に違いない。自分の力ではどうにもならない市場のアップダウンに一喜一憂した時代から、結果を左右し得るための最大限の努力を払ったものだけが報われる時代への変化は、すでに始まっている。

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(※1)ワトソンワイアットレビューvol.34「ゼロからの年金ALM」の「Bαとβの役割の再検証」参照。
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(※2)例えば、PBO の債務に対して、割引率上昇(債務減少)の相場を見込んで、敢えて債務のマッチン
    グを外す等の投資行為(相場観)。

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●川辺純 かわべじゅん/東京大学理学部情報科学科卒業。CRC ソリューションズにて、資産運用関連システムの企画・開発を担当。ワトソンワイアット株式会社入社後は、資産運用における分析や評価、ALM 分析等を中心とした「情報」に関する幅広い問題に対し、IT 技術の効果的活用による問題解決のコンサルティングに従事。