1.
敗者のゲームを超えて
年金新時代
   
2.
ゼロからのリスク・バジェッティング

3.
年金新時代における運用戦略の新機軸
LDIがもたらす運用戦略の多様性
   
4.
なぜダイバーシティか

5.
ダイバーシティの導入
収益性と確実性を両立させた年金運用の実現
   
6.
ダイバーシティ戦略と年金ガバナンス
3者で成し遂げよう、付加価値創造!

7.
「ベータ」と「アルファ」再考
安い「ベータ」と頼れる「アルファ」

基礎講座
多様化するパフォーマンス測定尺度

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年金新時代における運用戦略の新機軸
LDIがもたらす運用戦略の多様性
 

 

岡田 章昌

1. はじめに ― 激動の6年間を振り返って

 日本の年金業界において、2000年代は激動の時代となっている。
 2000年度から2002年度の3年連続のマイナス運用を主因として積立不足に陥り、年金基金存続の危機に直面した。このため、一部の年金基金では制度解散や確定拠出型年金(DC)制度への移行も選択されたが、大部分の年金基金では、代行返上や予定利率の引き下げ、もしくはキャッシュバランス(CB)プランの導入等制度オプションの活用が検討され、確定給付型年金制度の存続と維持可能性の向上を志向する多様な制度改革が実施された。
 2003年度から2005年度には、掛金引き上げによる積立不足の穴埋めが行われた上、国内株式の大幅回復を背景とした運用リターンの大幅プラスを経験し、積立水準のV字回復が達成された。
 現状では、積立水準の大幅改善もしくは積立不足の解消を達成した年金基金も増えており、激動の6年間を経て一息つかれている関係者も多いことであろう。しかし、これで年金運用がゴールを迎えたということではなく、確定給付を行うために年金運用は続いていく(続けていかなければならない)宿命のものである。また、将来に向かって考えれば、確実に確定給付を行うための積立水準管理のスタートラインに改めて立っているという見方もできよう。
 したがって、積立状況に余裕が生まれつつある今こそ、激動の過去6年間の経験を踏まえ、確定給付型年金の制度改革の主眼であった「年金給付の確実性を高めること」を視野に、運用戦略のあり方について再検討する好機を迎えているといえる。
 これからの運用戦略を考えるにあたり、過去6 年間の経験から得られた教訓をまず考えると、以下の通り、大きく三つの課題を浮き彫りにすることができる。

@ 積立水準を意識した運用戦略の必要性
 2000年度から2002年度までにおける積立水準の悪化は、株式市場の悪化による資産減少に目を奪われがちであるが、その背景では、超低金利による割引率の低下と年金債務の増大が進行しており、このことが積立不足の問題をより深刻なものとした。仮に、2000年度から2002年度までの運用収益が予定利率通りであったとしても、債務増大により積立水準の悪化は免れ得なかったといえる。
 したがって、このような積立水準の変動は資産サイドのみを考えていると把握できなかったものであり、資産サイドを中心に運用戦略を構築していた伝統的な資産運用では、債務サイドに起因する見えざるリスクを取っていた可能性がある。また、積立水準が高い場合と積立水準が低い場合では、年金基金が取ることができる許容リスクは異なるはずであり、積立水準を意識して運用戦略を構築する必要性が高まっている。

A 短期的な運用リスク管理の重要性
 積立不足への対応から、企業会計においては退職給付引当金の積み増しという形で企業収益に影響を与え、また、年金財政においては掛金積み増しという形で母体企業のキャッシュフローに影響を与え、短期の積立水準の変動を管理する重要性を認識せざるを得なくなった。長期的に年金給付を行っていく年金基金運営の本質からは長期的に資産を運用していくことが原理原則ではあるが、短期的な制度維持コストに耐えられなければ制度存続は危うくなり、長期の時間も奪われてしまうことになる。
 したがって、長期的な年金基金制度を維持し、年金給付の確実性を高めるためには、逆説的ではあるが、短期的な運用リスク管理が重要な課題となっており、短期的な積立水準の悪化を抑制することを視野に入れた運用戦略の構築が必要不可欠となっている。

B 運用リターン獲得における長期投資の有効性
 2000年度から2002年度までの3年連続のマイナス運用の際には、長期投資に対する確信が大きく揺らぎ、長期投資の有効性が疑問視された。特に、母体企業の年金コスト管理が厳しい年金基金では、近視眼的に運用リスクを引き下げる動きもみられた。しかし、2003年度から2005年度までには、株式相場の上昇を中心にリスクが報われる3年間となり、運用リターン獲得の必要性に対して過度に運用リスクを引き下げてしまった場合には、機会損失を負うことになった。年金基金に対する母体企業からのプレッシャーは年々厳しくなってきているが、逆に、運用リターン獲得において長期投資を有効に活用しないと運営コストが割高になってしまう点には留意する必要がある。
 したがって、短期的なリスク管理の重要性は増加してきているが、運用リターン獲得における長期投資の有効性を勘案した運用戦略の構築が重要であることを再認識しておく必要がある。

 一方、海外の動向に目を転じると、年金積立に対する会計制度の厳格化や監督当局の規制強化等債務側の与件の変化を主因に、積立水準管理に対する重要性が高まっており、新しい運用戦略の潮流として、LDI(ライアビリティ・ドリブン・インベストメント=LiabilityDriven Investment)という投資手法に注目が集まっている。資産要因を中心に積立水準の悪化を経験した日本とは要因こそ異なるが、短期的な積立水準管理を意識した運用戦略の構築が欧州を中心に課題となっており、株式比率の引き下げ等運用リスクを引き下げる動きが見られている。数年前までであれば、日本の年金基金の株式比率は低すぎると海外の年金基金との比較では異常視されてきたが(と、資産配分の国際比較の話をする際に弊社の海外のコンサルタントからよく指摘されてきたものであるが)、状況は似通ってきている。むしろ、現状では、海外の方が会計基準変更の影響から確定給付型年金制度の基金運営が難しくなってきているといえる。欧州を中心に普及しているLDIは、現時点では、そのまま日本の年金基金の運用戦略に適用できるものではないが、過去6年間の教訓を踏まえ、日本の年金基金のこれからの運用戦略を考える上での重要なヒントとなり得るであろう。
 以下では、LDIについての概念的な整理を試みた上で、日本におけるLDI(日本版LDI)を展望し、LDIがもたらすこれからの運用戦略への影響について考えていくことにする。

2. 年金新時代の運用戦略 ― LDI

 LDIとは、Liability(ライアビリティ)=債務、Driven(ドリブン)=導かれる、Investment(インベストメント)=投資、の三つの頭文字をとったものであり、敢えて日本語に訳せば「債務主導型投資」ということになる。現代投資理論に基づく伝統的な資産運用が「市場」を運用目標(ベンチマーク)に運用戦略を構築するのに対し、LDIでは、積立水準の管理を重視し、「債務」を運用目標(ベンチマーク)として運用戦略を立てようとする考え方である。
 しかし、年金運用の本質は、将来の年金給付のために必要積立金額である年金債務を上回る年金資産を積み立てていくことにあり、伝統的な年金資産運用においても年金ALMにより年金債務を意識した資産運用を行ってきている。したがって、これまでの年金ALMとLDIでどのような違いがあるのか、LDIはどのような点で新しいのか、なぜ今LDIが注目されるのか等について疑問を持たれている読者も多いことであろう。また、LDIという言葉が一人歩きしている面もあり、新しい概念によくあることではあるが、論者によって言い表す内容は様々であり、伝統的な資産運用とLDIとの関係がわかりにくいものとなっている。伝統的な年金資産運用との関係を意識しつつ、LDIについて筆者なりに概念的な整理を試みることにする。
 伝統的な資産運用とLDIとの関係を考える上で、「積立水準を管理する上で重視する時間軸」と「運用戦略に用いられる投資対象」を二つの切り口として代表的な運用戦略を分類し、新しい運用戦略構築の枠組みを考案したものが図1である。時間軸と運用方針との関係については、長期ではリターン追求志向、短期ではリスク回避志向を想定している。
 第一に、時間軸=長期、投資対象=伝統資産として分類可能な運用戦略は、伝統的な年金資産運用である「株式を中心とするベンチマーク運用」である。これは、現代投資理論に基づき、長期的な時間軸で機能すると考えられる市場の効率性(ハイリスク/ハイリターンの原則)を根拠に、市場リターンを中心に運用効率(リスク・リターン)を追求する運用戦略である。年金資産運用では、年金財政(年金債務)から要請される必要利回りである予定利率が長期的な運用目標となるため、予定利率を基に運用戦略を立てることは、長期的に債務を意識した運用戦略ということになる。
 第二に、時間軸=短期、投資対象=伝統資産として分類可能な運用戦略は、「債券を中心とするマッチング」である。これは、1980年代後半に米国において年金債務の時価評価が導入されたことを背景に、市場変動に対する年金債務と年金資産との連動性を高めるために債券投資の応用として考え出された運用戦略である。代表的には二つの戦略があり、一つは、年金債務と年金資産それぞれの平均償還年限(デュレーション)を一致させ、市場金利の変動に対する時価増減をマッチさせる「デュレーションマッチング」である。もう一つは、年金資産と年金債務のキャッシュフローを一致させる「キャッシュフローマッチング」である。これらは基本的には債券のみでの運用となるため、株式等のリスク資産による長期投資の収益機会を犠牲にすることになり、一般には広く普及してはいないが、現在、注目を集めているLDIの原点となっている運用戦略である。
 第三に、時間軸=短期、投資対象=派生証券(デリバティブ)として分類可能な運用戦略は、「ポートフォリオ・オーバーレイ戦略」である。これは、近年、欧州を中心に導入が進んでいる戦略であり、上記で紹介した「キャッシュフローマッチング」を現物資産ではなく金利スワップ等の派生証券(金利デリバティブ)を用いて行おうとするものである。伝統資産を投資対象とする「債券を中心とするマッチング」では、年金債務にマッチしたキャッシュフローを作り出すために大部分の資産を債券に配分せざるを得なかったが、金融技術(金利デリバティブ)の活用によるオーバーレイ効果(レバレッジ効果)により少額の資産で「キャッシュフローマッチング」を行うことが可能となっている。論者によっては、このような金利デリバティブを活用した「キャッシュフローマッチング」をLDIと定義している場合もある(狭義のLDI)。
 第四に、時間軸=長期、投資対象=運用スキルとして分類可能な運用戦略は、「オルタナティブ等絶対リターン運用」である。これは、伝統的資産の市場収益の獲得に主眼を置くのではなく、非伝統資産の収益や運用者のスキルによる収益の獲得を狙う運用戦略である。伝統的な年金資産運用では、市場リターンをベンチマークとする相対リターン運用を中心に運用戦略が構築されてきたが、市場リターンにより制度設計上の必要リターンを長期的に達成することに対する確信度が低下してきていることや、債務をベンチマークとする考え方が重視されるようになってきていることから、年金資産運用においても絶対リターン運用が積極的に活用されるようになりつつある。これに関連して、株式資産の市場収益以外に収益源泉を多様化し、株式資産へのリスク集中を是正することを狙いとする「ダイバーシティ戦略」についても年金業界の注目が高まっているところである(ダイバーシティについては、本特集号の大海太郎「なぜダイバーシティか」および五藤智也「ダイバーシティの導入」を参照)。
 上記の枠組みを踏まえ、これまでの年金ALMとLDIの違いを明確にすると、LDIでは、より債務を前面に出して投資戦略を考えることにより、時間軸を考慮に入れた積立水準管理を可能とするために「株式を中心とするベンチマーク運用」と他の領域との融合を可能にし、運用戦略構築の柔軟性を高めたことが大きな進歩といえる。
 これまでの年金ALMでは、確かに資産と債務のバランスを検証してきてはいるが、運用戦略の構築では、資産サイドのみで運用効率を追求しようとしており、債務サイドの要因は予定利率以外にはほとんど取り込まれてない。しかも、資産配分選択のアプローチも、現代投資理論に基づく「最適化法」により行われてきている(最適化法の課題については、拙著「アセットアロケーション戦略の常識再考」〔ワトソンワイアットレビューvol.34〕を参照)。最適化法では、長期と短期といった時間軸を取り入れることができないことから、時間軸を考慮に入れた運用戦略を構築する上での柔軟性を欠いていた。このため、従来の年金ALMでは、短期での債券マッチングを重視した運用戦略か、長期での株式市場からのリターン獲得を重視した運用戦略かを二者択一で選ぶしかなく、制度設計上の必要リターンを債券運用によるリターンでまかなうことができなければ、「債券を中心とするマッチング戦略」よりは「株式を中心とするベンチマーク運用」を消去法的に採用せざるを得なかったものと考えられる。
 これに対して、LDIは、「市場」ではなく「債務」を明示的な運用目標とすることにより、時間軸を考慮に入れつつ、より柔軟に運用戦略を選択することが可能となっている。これにより、LDIは、債務特性や積立方針に応じて、図1の各領域の運用戦略を柔軟に組み合わせた戦略構築を可能としている。

図1/新しい運用戦略構築の枠組


 さらに、従来の「債券を中心とするマッチング」とLDIで大きく異なる点は、積立水準(サープラス=資産と債務の差額)の変動を最小化するという方向だけでなく、長期的に積立水準を引き上げていくために、どの程度の積立水準の変動(積立リスク)を取っていくかといった「リスクテイクの視点」も含まれていることである。すなわち、LDIとは、ベンチマークである債務と資産のギャップ(トラッキングエラー)を管理しつつ、債務に対する超過収益(債務に対するα)の獲得を視野に入れた投資戦略と言い換えることもできるのである。
 伝統的な資産運用とLDIの関係について、投資戦略としての運用効率追求のあり方の違いに着目して整理したものが図2である。

図2/伝統的資産運用とLDI の関係

 伝統的な資産運用では、資産サイドのみで運用戦略を構築していたため、投資対象資産の資産リターン・資産リスクと投資対象資産間の相関を踏まえ、資産サイドのみで運用効率(リターン/リスク)の追求が行われていた。LDIでは、債務がベンチマークとなるため、「債務の成長に対する資産リターンの超過リターン」、「債務の変動に対する資産リスクのトラッキングエラー」、投資対象資産間の相関のみならず「投資対象資産と債務の相関」を考慮に入れながら、積立水準における効率性(積立水準改善/積立水準変動リスク)の向上を直接的に追求することになる。
 これに応じて、ベンチマークである債務に対しての運用資産の位置付けも明確となり、積立水準の変動を抑制する効果が期待される資産を「マッチング資産」(債券等)、積立水準を改善する効果が期待される資産を「リターン追求資産」(株式等)として運用戦略を構築する形となる。このような戦略構築イメージを描いたものが図3である。

図3/LDI による運用資産の位置付けの明確化


 伝統的な資産運用では、資産のみで運用効率を追求しているため、資産と債務の両方を考慮に入れた積立水準ベースでは、意図せざるミスマッチにより運用効率が損なわれている可能性がある(図3の左側のイメージ)。これに対して、LDIでは、資産と債務の関係を考慮に入れ、積立水準ベースで運用効率を追求しているため、対債務における意図せざるリスク(報われないリスク)の発生を「マッチング資産」により削減し(図3の右側のイメージ)、そのリスク削減分を「リターン追求資産」において有効活用(リスクテイク)することが可能となる。これにより、積立水準ベースでの運用効率を改善させることがLDIの本質といえる。
 「マッチング資産」の運用戦略としては、債務特性に応じて、「債券を中心とするマッチング」と「派生証券によるポートフォリオ・オーバーレイ」を柔軟に組み合わせていくことが考えられる。ただし、そのような戦略ミックスを考える上でのベースとなるのが「年金ALMシミュレーション」である。したがって、LDIを追求していくためには、そのプラットフォームとして年金ALMの高度化が必要不可欠となり、年金ALMをより有効に運用戦略の構築に活用していくというスタンスが求められることになる。

3. 日本におけるLDIの展望 ― 日本版LDI

 欧州を中心に導入が進んでいるLDIであるが、日本におけるLDIの展開は、どのように展望できるであろうか。LDIは、債務をベンチマークとする投資戦略であることから、年金債務を取り巻く制度的文脈が異なれば、LDIのあり方も当然のことながら異なってくるものである。したがって、日本と欧州とで制度的文脈が異なれば、欧州で進展しているLDIをそのまま日本に適用できるとは限らず、また、欧州的なLDIを日本に適用できないからといって、日本の年金基金にはLDIを適用することはできないと判断するのは早計といえるであろう。以下では、LDIが進展している欧州の制度的文脈を踏まえつつ、欧州で普及しているLDIを日本に適用できるものかどうかを検討し、日本の制度的文脈を踏まえ、日本におけるLDIのあり方(日本版LDI)を考えることにする。

@ 欧州でLDIが進展している背景
 欧州でLDIが進展した制度的背景と/しては、大きく二つの要因が考えられる。一つは、会計基準の厳格化や監督当局の規制強化等積立水準管理の厳格化の影響であり、一つは、確定給付型年金制度の閉鎖に伴う制度画一化の影響である。
 英国では、2005年から新たに導入された会計基準であるFRS17により、単年における年金積立過不足の追加的発生分である「数理計算上の差異」を即時認識(単年で企業収益に反映)しなければならなくなっている。「数理計算上の差異」は、会計上の期待収益率や割引率等の想定値と実際に市場変動の影響を受けた実績値とのズレを処理するものであり、即時認識により、単年の資産運用結果や市場金利変動による割引率変更が単年の企業業績に直接的に影響を与えるリスクが高まっている。このため、確定給付型年金制度を存続していくためには、単年の積立水準管理の重要性が強まっており、LDIを導入する必要性が高まっている。
 デンマーク、スウェーデン、オランダ等大陸欧州では、年金基金財政に対する監督当局の規制強化の動きがある。これにより、年金債務の時価評価の導入や将来の年金支払余力(ソルベンシー)のストレステストが要求される等、年金基金財政の健全性の評価において監督当局が金融機関並みのリスク管理を要求するようになってきている。デンマークでは2003年、スウェーデンでは2006年に新監督基準が導入されており、オランダでは2007年からの導入が予定されているなど、LDIを導入する必要性が高まっている。
 また、このような確定給付型年金制度における積立水準管理の厳格化を受け、年金による財務リスクを縮小するために、確定給付型年金制度(DB制度)を閉鎖し、確定拠出型制度(DC制度)へ移行する動きが加速してきている。これにより、確定給付型年金制度への新規加入が停止となることにより、将来必要となる給付(キャッシュフロー)の見込みがより確定的になり、金融技術を活用した仕組みにより年金基金のキャッシュフローを確定させるアプローチが機能するような状況となっている。このため、欧州におけるLDIでは、「キャッシュフローマッチング」的なアプローチにより年金資産と年金債務の金利感応度を合わせることを視野に、金利スワップのような派生証券(デリバティブ)の使用が盛んに検討されるようになっている。

A 日本における確定給付型年金制度の特徴
 日本における確定給付型年金制度では、冒頭で述べた通り、代行返上や予定利率の引き下げ、もしくはCB制度の導入等、多様化した制度オプションの活用が検討され、確定給付型年金制度の存続と維持可能性の向上を志向する制度改革が実施された。確定拠出型年金制度への移行もみられたが少数にとどまり、確定給付型年金制度の存続のために、各年金基金にとって最適な選択を検討しながら、年金基金運営が多様化してきていることが日本の特徴といえる。したがって、欧州でみられるような確定給付型年金制度の閉鎖という動きは現時点ではみられておらず、将来の加入員の増加が見込まれることや受給権についても確定していないなど、将来のキャッシュフローを確定的に取り扱うことは困難な状況にある。したがって、欧州におけるLDIのような文脈で、金利スワップのような派生証券(デリバティブ)を活用する必要性は現状では高くないといえる。
 また、会計基準における年金債務の時価評価についても、割引率は過去の市場金利の加重平均を採用することが認められている等欧州のように厳格なものではなく、数理計算上の差異の認識についても従業員の平均勤続年数以内での均等償却が認められるなど緩やかなものとなっている。
 以上より、日本の制度的文脈においては、現時点では、欧州で進展しているようなLDIをそのまま適用する余地は乏しいといえる。
 一方、日本の年金基金では、確定給付型年金制度の枠組みの中での制度選択の多様化を受け、基金ごとの年金債務の特性も多様化しており、このような債務に対して運用戦略をどのように構築していくかが日本におけるLDIの課題である。
 LDIをめぐる状況を国際比較したものが図4であるが、DB制度の閉鎖により制度が画一化し、年金資産の金利感応度を長期化することが要求される欧州とは異なり、例えばCB制度では金利感応度が低くなるなど制度選択に応じて金利感応度を柔軟に選択する必要が生じていることが日本におけるLDIの特徴といえる。
 図4では、参考までに米国を記載しているが、現状では、米国においても欧州的なLDIを適用する必要性は低く、本格的な普及には至っていない。ただし、現在、米国でも時価認識の厳格化の検討が進んでおり、欧州的な状況に近づいていく可能性は高まりつつあり、このようなグローバル・トレンドの日本の確定給付型年金制度への影響についてはこれからの運用戦略を考えていく上で注意しておく必要がある。

図4/LDI をめぐる状況の国際比較


B 日本版LDI
 日本におけるLDIを考えていく上でポイントとなるのが、年金制度の多様化による年金債務特性の多様性である。LDIは、債務を運用目標(ベンチマーク)とする投資戦略であるため、多様化した年金債務の変動特性を把握することが出発点となる。
 日本の年金基金が積立水準を管理していく上で目標となる年金債務は四つあり、企業会計ではPBO、年金財政では、最低責任準備金(国の代行部分を持つ厚生年金基金の場合)、数理債務(継続基準)、最低積立基準額(非継続基準)がある。これらの四つの債務の変動特性をまとめたものが図5であるが、債務によって変動要因が多様化している。

図5/多様化する年金債務の変動特性


 例えば、年金債務の時価評価が行われているものとして、企業会計ではPBO、年金財政では最低積立基準額が挙げられるが、これらは割引率を通じて市場金利変動の影響を受けるようになっている。また、年金債務の評価は簿価基準で行われているものとして、従来は予定利率の変更が行われない限り、変動リスクがなかった数理債務もキャッシュバランス(CB)制度の場合には、指標利率を通じて市場金利変動の影響を受ける。さらに、国の代行部分に関する債務である最低責任準備金は、年金制度改正により、国の運用実績に1年9カ月遅れで連動して増減するようになり、過去の市場変動(内外株式・市場金利・為替)の影響を受けるという特殊な変動特性を有している。
 日本の年金基金運営における難しさとして、これらの複数の債務を総合的にとらえた運用戦略を構築することが必要とされる点が挙げられる。例えば、CB制度と伝統的なDB制度を併用している企業型年金基金では、PBO、数理債務、最低積立基準額の市場変動に対する変動特性を総合的にとらえた上で運用戦略を構築することが必要となる。また、CB制度を採用している厚生年金基金では、最低責任準備金、数理債務、最低積立基準額の市場変動に対する変動特性をとらえた上で運用戦略を構築することが必要となる。
 このように日本版LDIでは、多様な年金債務を考慮に入れた「複合債務ベンチマーク」に対して運用戦略を構築することが求められる。多様な年金債務を考慮に入れる上で、会計基準と時間軸のバランスをイメージしたものが図6である。

図6/多様な債務特性の総合管理の視点


 日本版LDIでは、基金が積立水準管理において重視する会計基準や時間軸を反映して、積立水準基準での運用効率を追求していくことになる。時間と積立水準を軸に複数の債務変動を総合的に考慮に入れながら年金ALMを活用し、債務主導で運用戦略を構築していくことが必要となる。

4. LDI がもたらす運用戦略の多様性

 LDIがもたらす運用戦略への最も大きな影響は、資産運用の目標が市場ベンチマークから債務ベンチマークに変更となることから、運用戦略構築の枠組みが抜本的に変革されることにあり、このようなイメージを図示したものが図7である。

図7/LDI 導入がもたらす運用戦略への影響


 伝統的な資産運用では「市場」をベンチマークとすることから、まず市場ベンチマークを基準とするパッシブ運用で市場収益(β)獲得の土台を構築し、その上に運用機関のスキルを活用するベンチマーク運用で超過収益(α)の獲得を狙う2階建て構造の運用戦略であった。この枠組みにおいては、オルタナティブ運用(絶対リターン運用)はベンチマーク運用の枠外となることから、ポートフォリオにおける位置付けが一般には困難であった。
 これに対して、LDIでは「債務」をベンチマークとすることから、債務変動に対する資産変動の乖離(トラッキング・エラー)を削減するためのマッチング資産(債券、金利スワップによるポートフォリオ・オーバーレイ)で土台を構築し、その上で市場収益(β)と運用スキルによる収益(α)を同列に扱うことを可能とし、βとαの垣根を低くすることにより戦略構築の柔軟性を高めている(βとαの融合的活用の視点については、本特集号の久保田徹「『ベータ』と『アルファ』再考」を参照)。したがって、従来は位置付けが困難であったオルタナティブ運用についても、対債務でリターンを追求する部分の資産として伝統資産(主に株式)と同列に位置付けを明確にすることが可能となっている。
 このようにLDIがもたらす最も大きな運用戦略への影響としては、βとαを融合的に取り扱うことを可能としている点が挙げられるが、LDIがもたらす運用戦略構築の新展開として、市場収益(β)に関連するものを中心に挙げると、以下の四つが具体的に考えられる。

@ 市場ベンチマークの多様性
 伝統的なベンチマーク運用では市場収益は「パッシブ収益」として扱われてきた。しかし、LDIでは、債務をベンチマークとすることにより、市場収益を「対債務でのアクティブ収益」とより積極的に位置付けることも可能となる。これにより、対債務での市場収益獲得の効率性を追求することを視野に市場ベンチマークについても「ベンチマーク分散」を検討する余地が生まれ、市場ベンチマークの多様化が進展していくことが見込まれる。

A 国際分散投資の進展
 LDIの観点からは、債券資産はマッチング資産として内外を区別する必要性が高いが、株式資産等のリターン追求資産は内外を区別する必要性は低い。したがって、LDIの導入により、リターン追求資産部分において、よりリターン獲得機会が多いと考えられる国際分散投資の多様化が進展する可能性が高まっていると考えられる。

B 派生証券(デリバティブ)の活用
 LDIでは短期的な積立水準管理の重要性が増大することから、リスクヘッジを目的とする派生証券(デリバティブ)の活用が増大していくことが見込まれる。
 具体的な運用戦略の例としては、株式のダウンサイドリスクを抑制することを目的とする株式先物を活用した「ポートフォリオ・インシュアランス」、金利リスクのヘッジ目的とする金利スワップを活用した「ポートフォリオ・オーバーレイ」、為替変動リスクのヘッジ目的とする為替先物を活用した「カレンシー・オーバーレイ」等が挙げられる。

C リスクバジェティングの進化
 LDIでは、市場収益(β)と運用スキル・リターン(α)を融合して扱うことが可能となることから、これらを一体的に取り扱うトータルリスク管理の必要性が高まると考えられる(トータルリスク管理については、本特集号の川辺純「ゼロからのリスク・バジェッティング」を参照)。伝統的な資産運用では市場収益(β)を中心とする資産配分戦略が重視されてきたが、LDIの導入により、債務を基準に多様なβとαを運用戦略ごとにどのように配分するかといった「運用リスクの配分」(トータルリスク・バジェッティング)を重視した運用戦略の構築へ進化していくものと考えられる。

 以上、市場収益(β)に関連するものを中心に挙げたが、さらに、非伝統市場収益や運用スキルによる収益(α)を総合的に活用することにより運用戦略の多様性(ダイバーシティ)が進展していくことが考えられる。ただし、このような運用戦略の多様性を追求していく上では、運用戦略構築の土台としてLDIがベースとなることが重要なポイントである。また、どのような多様性を志向するかについては、年金債務特性に応じて年金基金ごとに異なってくるため、基金固有の絶対基準で運用戦略を選択・実践していくための年金ガバナンスの高度化が必要となる点に留意する必要がある(ダイバーシティとガバナンスの関連については、本特集号の窪誠一郎「ダイバーシティ戦略と年金ガバナンス」を参照)。

5. おわりに

 LDIは、債務の変動特性も考慮に入れた分散投資を追求する投資戦略であり、その本質は積立水準を基準とするリスク効率(積立水準変動の抑制と積立水準改善の追求のバランス)を改善することにある。日本におけるLDIの方法として、欧州のような「キャッシュフローマッチング」を採用する必要性は現状では低いが、多様な債務の変動特性に対する総合的なマッチングを視野に入れた戦略構築の必要性は高いといえる。したがって、多様な制度・債務特性に直面している日本の年金基金にとって、これらの多様性を総合的に管理していくことを視野に日本の制度的文脈を踏まえたLDI(日本版LDI)を検討する意義は大きい。LDIは積立水準管理の高度化と運用戦略の多様性(ダイバーシティ)を追求していくための基礎基盤として導入されることが期待されるものである。
 確定給付型年金基金のグローバル・トレンドとしては、世界的な会計基準の厳格化や監督当局の規制強化等を背景に短期的な積立水準管理のプレッシャーが増大しており、短期的なリスク管理と長期投資の活用を両立していく上で、LDIをベースとした運用戦略の多様性が推進されている。このような方向性において、市場収益(β)と非市場収益(α)を融合的にとらえるなど運用戦略の革新が進行しており、運用戦略の多様性による分散投資の強化は、程度の差こそあれ同様の課題を抱えている日本の年金基金においても学ぶべき点は多い。
 さらに、日本の年金基金の場合には、欧米に先んじて確定給付型年金制度が存続の危機を経験することになり、年金制度の多様性を推進することにより確定給付型年金制度の持続可能性を高める取り組みを先行して行ってきている。この点においては、確定給付型年金制度の縮小という画一的な対応を志向している欧米の年金基金とは一線を画している。
 したがって、日本の年金基金においては、年金制度の多様性と運用戦略と多様性のシナジーを意識した年金基金運営が求められており、確定給付の確実性を高めるために、このような観点から日本の制度的文脈を踏まえたLDI (日本版LDI )を推進していくことが重要な局面(年金新時代)を迎えている。

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●岡田章昌 おかだあきまさ/一橋大学経済学部卒業。千葉大学大学院社会科学研究科修士課程修了(経済学修士)。日本生命保険相互会社にて円金利資産運用業務、大蔵省財政金融研究所(現財務省財務総合政策研究所)にて税制・年金制度に関する政策研究、ニッセイ基礎研究所にてマクロ経済調査、金利為替予測業務に従事。ワトソンワイアット株式会社入社後は、国内年金スポンサー向け資産運用コンサルティングおよび年金ALM 手法の開発に従事。年金資産運用に関するセミナー講師を務める。