1.
敗者のゲームを超えて
年金新時代
   
2.
ゼロからのリスク・バジェッティング

3.
年金新時代における運用戦略の新機軸
LDIがもたらす運用戦略の多様性
   
4.
なぜダイバーシティか

5.
ダイバーシティの導入
収益性と確実性を両立させた年金運用の実現
   
6.
ダイバーシティ戦略と年金ガバナンス
3者で成し遂げよう、付加価値創造!

7.
「ベータ」と「アルファ」再考
安い「ベータ」と頼れる「アルファ」

基礎講座
多様化するパフォーマンス測定尺度

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なぜダイバーシティか
 
 

 

大海 太郎

 現在、弊社ではグローバルに年金の運用に際して“ダイバーシティ”が重要だということを提唱している。“ダイバーシティ”というと何か新しい運用戦略のように聞こえるかもしれないが、決してそういうわけではない。“ダイバーシティ”は日本語に訳せば、「多様性」ということであり、これは運用に関して考える時の基本原則である「分散」の一環、強いて言えば「分散」を一歩進めた考えや戦略だと考えれば、何も新しい概念ではないのである。言うなれば、つい数年前まではまだ一般的であったお任せバランス型の運用をしていた年金に対してコンサルティングに入った場合にまず着手する「パッシブとアクティブの分離」「特化型運用の導入」「グロースとバリューに分けての委託」の延長線上に来る分散の次の一手である。
 ここでは、なぜこの“ダイバーシティ”が重要であり、かつ有効なのかということについて考えてみたい。

現状の課題
 2000 年度から2002 年度の3 年連続のマイナスという厳しい時期を経て、2005 年度は2003 年度に続いて国内株式市場が年度で50% 近く上昇するなど一転して追い風の市場環境となり、国内の年金の状況も大幅に好転し、つい3 年前とは様変わりである。それでは、年金に関する問題はすべて解決してしまったのであろうか(図1)。

図1/国内年金のパフォーマンスと株価


 図2は、現在の日本の年金の平均的な資産配分である。これを見る限り、資産配分はそこそこ分散されているように見える。ただし、これをリスクの配分で見てみると全く異なった様相になっている(図3)。

図2/日本の年金の平均的な資産配分


図3/平均的な日本の年金のリスク配分

 実際に年金運営に携わっている方々が肌身で感じているように、実は多くの年金の運用に関してはまだ「株価頼み」の状況が続いているのである。2000年度から2002年度にかけて年金を取り巻く環境が加速度的に厳しくなった際も、退職給付会計の導入、金利の低下等様々な要因が重なったもののストレートに効いたのは内外株式市場の下落であったし、その後の回復についても、関係者が、代行返上、予定利率引き下げ、母体からの拠出、制度の見直し、等あらゆる手段を講じてきた中で株式市場の回復が積立水準の回復に大きく寄与しているのは間違いない。さらに言えば、株式市場の回復は年金関係者(のみならずたぶん日本全体)のムードを明るくしている。ということで、株価の回復が先導する形で年金に関する問題が好転していることは喜ばしいことではあるが、これは問題の根本的な解決を意味しておらず、株式市場の大幅な下落があった場合には問題が再燃することを意味している。“ダイバーシティ”とはまさにこの「株価頼み」の状態を脱して、年金がより安定して必要な収益をあげていくことができることを目指す戦略なのである。

株価頼みからの脱却の方策“ダイバーシティ”

 現代の投資理論の重要な柱の一つは、「分散によるリスク低減効果」である。すなわち、二つ以上の資産、戦略、運用機関を組み合わせる場合にリターンは加重平均となるが、互いの相関が1でない(互いが全く同じようには動かない)ならば、リスクは加重平均よりも低くなる。したがって、年金のようにポートフォリオでの運用を前提にする場合にこの「分散によるリスク低減効果」をいかに効果的に得るかが効率的な運用(より低いリスクでより高いリターンを得る運用)の鍵となる。
 この「分散効果」を得るために、政策アセットミックスを策定する時には各資産のリターン、リスクとともに相関を勘案して効率的な資産配分を決定する。また、株式のマネジャーストラクチャーを構築する際に複数の戦略/運用機関に分けて委託できる場合にはグロースとバリュー運用に分けることが一般的に行われるのはまさに適切に分散して「リスク低減効果」を得るためである。
 冒頭で述べたように現在、弊社が“ダイバーシティ”を提唱しているのは、次のステップとしてリスクの取り方をさらに多様化することによって今まで以上に「分散効果」を高め、株式へのリスクの偏りを改善してより効率的かつ安定的な運用を目指そうという狙いからである。
 資産配分上、株式への配分割合を下げて債券への配分割合を上げれば、株式のリスクの割合は低下する。ただし、これだけでは残念ながら必要なリターンを得ることができない。そうすると、株式以外のリターン・ドライバー(収益源泉)、例えば運用機関のスキル(アクティブ運用)にリスクを配分することにより、株式のリターンに過度に頼ることなく、より効率的かつ安定的な運用を目指すというのが“ダイバーシティ”の考え方である(図4)。

図4/ダイバーシティの効果のイメージ


ダイバーシティの方向性

 それでは、実際にダイバーシティを追求するという場合にはどのような運用をしていくことになるのであろうか。具体的な戦略や事例については、本書の中の「ダイバーシティの導入」(五藤智也)をご覧いただくとして、ここではダイバーシティの方向性を概念的に紹介することとしたい。
 図5をご覧いただきたい。現状の投資領域は一般的に点線で囲まれた部分である。これに対してダイバーシティの方向性としては、二つの方向性がまず考えられる。一つ目は図の右方向への拡大にあたる投資対象市場/資産の拡大である。これは言い換えれば、ベータからの収益源泉の拡大ということになる。もう一つは運用スキルの追求、すなわちアルファの追求である。図で言えば、上方向へのシフトということになる。

図5/ダイバーシティの方向性


 一つ目の投資対象市場/資産の拡大であるが、本来なら市場への投資と言う場合には、投資し得るすべての資産に対する投資を指す。しかし、現実にはそうなっていない。例えば、日本の年金が国内株式市場に投資する場合には、ベンチマークであるTOPIX(東証株価指数)への投資を意味することが一般的である。このインデックスは東証市場第一部の銘柄すべてが対象となっているが、新興市場は含まれていない。同様に外国債券への投資の場合には、日本の年金は一般的にシティ・グループ世界国債インデックスをベンチマークとしていることから、自ずと対象は国債に限定され、社債やモーゲージ債といった領域は投資対象にならないことが多い。したがって、投資対象市場/資産の拡大における第一歩はこれまでの投資対象資産の対象市場を周辺部に拡大することがあげられる。国内株式において小型株式(新興市場が中心となることが多い)への投資や外国債券において社債も投資対象に含めるということはすでに実施している年金も多いのではないだろうか。
 周辺部への拡大の次のステップは、新しい資産を投資対象に追加することである。最近の商品市況の上昇もあって、コモディティへの関心が高まっているが、これ以外にも不動産が次の対象としてあげられよう。あるいは資産自体は株式と新しくないが、上場されていない株式を対象とするようなプライベートエクイティ投資といったものもこの範疇に含めることができる。さらに領域を広げれば、図の右端に記載されているような農作物や山林、ワイン、美術品といった資産まで年金の投資対象と見なすことができることが可能かも知れない。ただし、このあたりまで来ると海外においても現実に投資している年金はまだほとんど存在しない。
 二つ目は運用スキルの追求である。今までもアクティブ運用という形で運用スキルに期待している部分は存在したが、リスク・リターンの割合ということでは、図3で示したように極めて限定的であった。これを、アクティブ運用の割合の引き上げ、よりリスク度の高い運用商品の採用、ポータブルアルファといった戦略の活用といった形で運用スキルの割合を高めるという考えである。この運用スキルを追求した代表例として、ヘッジファンドがあげられる。ヘッジファンドと言っても、様々な商品や運用商品が存在するので、実際に収益のどれぐらいが運用スキル(アルファ)に起因するもので、どれぐらいが市場リターン(ベータ)に起因するものかは特に運用報酬との関係でよく吟味する必要があるが、純粋に運用機関のスキルを取り出したい時にまず思い浮かぶのはヘッジファンドである。日本の年金のオルタナティブ投資はヘッジファンドへの投資の割合が多く、この領域は一般的になってきている。この領域のほかの例としては、純粋に運用スキルだけにはならないものの、これまで以上に絶対収益を意識したロングオンリーの運用(長期絶対運用)といったものがあげられる。
 二つの方向性について簡単に述べてきたが、実は図5に示されているように両者を融合した右上の領域に数多くの対象が位置している。ベータの拡大とさらなるアルファの追求を目指していく中で、両者を分離しなくてはいけない必然性はない。これまではまず資産配分(ベータ)を決定してから、ほんのわずかのアルファを乗っける運用であったが、むしろ今後はベータとアルファについてはフレキシブルに考えていくことになる。LDIとの関連で言えば、債務とのマッチングにベータ(特に債券)は不可欠であるが、リターンの追求部分ではベータとアルファを分ける必要はない。むしろ株式のベータ部分が大きすぎるという問題意識から出発しているだけに、両者を合わせて考えた上で可能な限り多様なリターンドライバーを活用することが必要であり、そのためには両者を融合したような様々な投資手法や運用商品の登場が望まれる。ただし、現実にそのような多様な運用方法が活用可能になった場合にはそれぞれの真の収益の源泉は何で、リスクの質と大きさはどれほどか、はたしてそれは投資に値するのかどうか、そして適切な報酬はいくらなのかということを判断することはますます困難になることが予想される。この点からは“ ダイバーシティ”はすべての年金が一様に追求すべき考えと言うよりは、それぞれのガバナンスに合わせて実施していくべきものである。
 以上、“ダイバーシティ”についてその意義と概念について述べてきたが、多様性というその意味の通り、一つの正解となるような形や戦略(の組み合わせ)があるわけではない。むしろそれぞれの年金の状況に応じて、新しい戦略の採用やこれまでの運用の見直しによって、昨日よりは今日、今日よりは明日、少しでも「分散効果」が得られるのであれば、可能なところから実行していくべきものではないだろうか。

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●大海太郎 おおがいたろう/東京大学経済学部卒業。ノースウェスタン大学にて経営学修士(MBA)取得。ファイナンス専攻。日本興業銀行にて、資産運用(外国株式担当)、為替ディーリング業務に従事した後、マッキンゼー・アンド・カンパニーにおいて本邦大手企業、多国籍企業に対しての経営コンサルティングに携わる。ワトソンワイアット株式会社入社後は資産運用コンサルティングに従事。