1.
敗者のゲームを超えて
年金新時代
   
2.
ゼロからのリスク・バジェッティング

3.
年金新時代における運用戦略の新機軸
LDIがもたらす運用戦略の多様性
   
4.
なぜダイバーシティか

5.
ダイバーシティの導入
収益性と確実性を両立させた年金運用の実現
   
6.
ダイバーシティ戦略と年金ガバナンス
3者で成し遂げよう、付加価値創造!

7.
「ベータ」と「アルファ」再考
安い「ベータ」と頼れる「アルファ」

基礎講座
多様化するパフォーマンス測定尺度

.

「ベータ」と「アルファ」再考
安い「ベータ」と頼れる「アルファ」
 

 

久保田 徹

 ここ数年「アルファとベータの分離」や「ポータブル・アルファ」という言葉が世界の多くの運用機関、年金基金、コンサルタント、アカデミックの研究者等の間で大きな話題の一つとなっている。実はこれらの概念は今回のワトソンワイアットレビューにおける主要なテーマであるLDIやダイバーシティを実践していく上でも重要な概念であり、これらを意識して使いこなしていくことがより効率的な運用につながるものと考えられる。そこで本稿では改めて「アルファ」と「ベータ」の意味や特徴について考え、その活用例である「ポータブル・アルファ」についても考察し、最後に「アルファ」「ベータ」にさらに「債務」を合わせた統合管理の方向性について考えてみたい。

「アルファ」および「ベータ」とは?

 そもそも「アルファ」および「ベータ」という言葉は、ノーベル経済学賞を受賞したウィリアム・シャープ教授による資本資産評価モデル(Capital Asset Pricing Model 〔CAPM 〕)において新たに導入されたリスクの概念である「ベータ」と、このCAPM をベースとしたマイケル・ ジェンセン教授による「ジェンセンのアルファ」がその始まりである。CAPM 理論における「ベータ」は市場ポートフォリオに対する感応度を示しており、ある資産(ポートフォリオまたは個別銘柄)が市場ポートフォリオと完全に連動していれば、その資産の「ベータ」の値は1 となり、この値が1 より大きい資産は市場ポートフォリオよりも大きいリスクと大きい期待リターンを持つことになる。またCAPM 理論に基づいて計算されたある資産の期待収益率と、実際のその資産の期待収益率の差が「アルファ」とされている。
 ただし実際には「そもそも市場ポートフォリオとは何か」といったCAPM理論の実務への適用の問題等もあり、実際の運用の現場においては、「ベータ」はリスク管理の一指標として限定的に利用される程度であり、一方でより一般的にはある特定の市場全体に対するエクスポージャーや市場全体のリターンそのもの(「ベータ」=1) を表す用語として用いられるようになっている。
 したがって伝統資産の運用において株式市場や債券市場全体を表し、それらの市場におけるアクティブ運用のベンチマークとして用いられている様々な市場インデックスは、本来CAPM理論で言うところの「市場ポートフォリオ」とは異なるものである(ただし本稿においてはより一般的に用いられている意味で「ベータ」という用語を利用していく)。
 また現在では株式市場や債券市場へのエクスポージャー(すなわち「ベータ」)はインデックス・ファンドへの投資や最近では先物、スワップ、オプション等のデリバティブ技術を用いることによって比較的容易に、したがって低いコストで、そのリターンを獲得することができるものとなっている。
 一方、アルファは当該ファンドの(リスク調整後)リターンがベンチマークを上回った部分(=超過リターン)を表すものであり、マネジャーのスキルから生み出され、スキルのあるマネジャーがスキルのない他の市場参加者から獲得することができるものとされている。

 これまでの年金運用においては「アルファ」と「ベータ」の区別を意識して両者を使い分けるという感覚はあまりなかったのではないだろうか。これは一つにはこれまでの年金運用においては、アクティブ運用を行う中で「アルファ」と「ベータ」がパッケージとして提供されており、年金基金はパフォーマンス評価時においてのみ運用機関の生み出す「アルファ」を意識するにとどまっていたことも関係しているかもしれない。実際の年金資産運用の運用サイクルにおいても、「ベータ」である市場ベンチマークのリスク・リターンの仮定に基づいて政策アセットミックスを策定し、これをベースとしてマネジャー・ストラクチャーを構築し、さらにマネジャー・セレクションを行う段階で「アルファ」を多少意識するという程度のもので、「アルファ」が重要なリターンドライバーであるとの位置付けは必ずしも高いものではなかったのではないだろうか。結果としても年金運用の成果の大半は「ベータ」の動向に左右されることとなり、2001〜2003年に見られた国内株式市場の低迷がそのまま年金運用全体の低迷につながってしまっている。
 国内株式市場が低迷する中、注目を浴びるようになったのがヘッジファンドを代表とする「絶対リターン」を標榜するプロダクトである。これらのプロダクトにおいてはベンチマークにとらわれず、市場の動きとも関係なくリターンを挙げるとのことから、そのリターンはマネジャーのスキルから生み出される「アルファ」であるとされ、したがってコストも高くかかるものということになっている。しかしながら昨年のワトソンワイアットレビューの拙稿において述べた通り、ヘッジファンドのリターンの源泉にはスキル以外にも伝統資産に対するシステマティックなエクスポージャーからのリターン(「ベータ」)や、伝統資産運用ではあまり活用されていない「オルタナティブ・ベータ」(または「エキゾチック・ベータ」)からのリターンも含まれており、投資家は実は「ベータ」に対しても高いコストを払っていることになる。このような観点からも投資家は「アルファ」と「ベータ」の区別を意識すべきであるといえる。
 年金資産運用におけるヘッジファンドの登場は「アルファ」がリターンの源泉として頼りになるという印象を与えた点で大きな役割を果たしたといえるが、また同時にそのヘッジファンドの「アルファ」にも「ベータ」が隠されており、「アルファ」と「ベータ」の区別の難しさも示している。

安い「ベータ」と頼れる「アルファ」

 すでに述べた通り、市場そのものに対するシステマティックなエクスポージャーをとることは、当該市場のインデックス・ファンドに投資することや、先物、スワップ、オプションといったデリバティブ技術を活用することにより可能となっている。もちろん市場によっては十分なデリバティブ市場が発達していない場合や、テクニカルに複製が困難という場合等も存在しているが、これらのデリバティブ技術や市場規模は日々発展を遂げている。またデリバティブを活用する場合にはレバレッジが効くので、投資家は希望する市場エクスポージャーと同額の資金を用意する必要もない(インデックス・ファンドの場合には当然同額の資金が必要)。
 このように「ベータ」については比較的容易に安く獲得することが可能となってきており、今後はいかに安いコストで多様な「ベータ」を上手に使いこなしていくかが重要になってくる。最近では時価加重平均によるインデックスだけでなく、企業のファンダメンタルや株価変動リスクそのものを利用した新たな「ベータ」(「ベータ'」) も利用されるようになっており、「ベータ」をより上手に活用する余地もさらに広がっている。一方でいかにコストが安くなっているといっても、短期的に大きく変動する可能性、市場間の相関が高まる可能性、比較的長い期間にわたりマイナスリターンとなる可能性がある等「ベータ」を使いこなしていく上での課題も同時に認識しておく必要がある。

 これに対して「アルファ」は基本的にはマネジャーの銘柄選択やタイミング戦略等のスキルから生み出されるものであるため、スキルのあるマネジャーからは比較的安定的に、かつ市場動向や他のマネジャーと低い相関で獲得できるとされている。ただし一方で「アルファ」は「ゼロサムゲーム」であり、コストを差し引くと「負のゲーム」であるとも言われる。確かにすべての市場参加者の運用成績を総合すると理論的にはそのようなゲームと言えるが、ある一部のセグメントの参加者、例えば年金向けに提供されている運用プロダクトのみに限ってみると、必ずしも常にすべての市場でそうなっているとは限らない。実際弊社のWebデータベースであるWinvestに登録されているマネジャーのパフォーマンス・データにおいても、例えば日本株の全てのアクティブ・プロダクトのパフォーマンスの平均値および中央値は過去5年および7年で見た場合(手数料控除後でも)市場インデックスを上回っている。これはすなわち市場には利益最大化を目標としない参加者やバイアスを持った参加者等いわゆる「非効率性」が存在しており、年金向けにプロダクトを提供しているアクティブ・マネジャーがこの「非効率性」から「アルファ」を獲得しているということを示している。もちろん市場によっては「非効率性」が低く、「アルファ」を獲得することが難しい市場もあり、米国の大型株式等はそのような例であると言われている。
 年金運用における「アルファ」活用のメリットとしては、「ベータ」のリターン以外のリターン源泉となることに加え、多くの場合、より低リスクで、「ベータ」との相関や他の「アルファ」との相関が低くリスク効率が高いという点が挙げられる。今後の年金運用において頼りになる「アルファ」を発掘し活用していくことがますます重要になってくると思われる。

 「アルファ」を活用する上で最も大きな問題の一つは「アルファ」を生み出すマネジャーを見抜くことである。またマネジャーのスキルから生み出された「アルファ」だと思ったものが実は単に「ノイズ」や「運」であるということも起こり得る。これらは非常に困難な課題ではあるが、これらの課題に対処するためワトソンワイアットではグローバルに多くのリソースと時間を投入し、「アルファ」を生み出すマネジャー発掘の確度を上げるためのリサーチを行っている。ワトソンワイアットはFOFビジネスを行っていないが、リサーチの効果を検証する目的でリサーチに基づくモデル・ポートフォリオを設定している。このモデル・ポートフォリオのパフォーマンスは十分にリサーチの効果を示している。
 さらに投資家にとって「アルファ」をより「頼れる」ものとするためには、キャパシティおよび手数料を意識することが重要といえる。「アルファ」を継続的に生み出すマネジャーには投資家からの資産が集中するようになり、資産が巨大化してしまいそれまでと同じように運用していくことは困難になっていき、徐々にパフォーマンスが悪化してしまうことが多い。資産を集めることよりもパフォーマンスを維持することを重視するマネジャーは投資家からの資産の募集を止めるということがヘッジファンド等ではよく行われている。投資家は「アルファ」にキャパシティの制約があることを意識し、マネジャーの選定やモニタリングを行わなければならない。
 一方、手数料については、投資家が得ることのできる「アルファ」に対する確実なコストであるという点と、「アルファ」と「ベータ」の区別を常に意識し、本来安いはずの「ベータ」に高い手数料を払わないようにするという点を意識すべきである。
 このように投資家が「ベータ」と「アルファ」の区別をより強く意識するようになると、運用機関を選択していく際にも、より安い「ベータ」を提供できる運用機関か、あるいは継続的により高い「アルファ」を生み出すことのできる運用機関かという意識もさらに高まっていくのではないだろうか。

「ポータブル・アルファ」戦略

 ここで「アルファ」と「ベータ」を区別しつつ統合的に活用する戦略の例として欧米で利用が進みつつある「ポータブル・アルファ」戦略について触れてみたい。
 この戦略の基本的な仕組みは、ある市場において「アルファ」を生み出しているマネジャーのリターンから、デリバティブ等を活用することで、その市場の「ベータ」のリターンを取り去り、他の市場の「ベータ」のリターンと交換するというものである。このような取引が明確なメリットを持つのは、マネジャーの「アルファ」獲得能力は魅力があるが、そのマネジャーが運用している市場は魅力がない、または何らかの理由でそのエクスポージャーを持ちたくない場合である。(図)

図/ポータブル・アルファ

 すでに述べた通り非効率性が高く、「アルファ」が安定して期待できるような市場が存在しており、そのような市場における「アルファ」のみを移してくるというこの戦略は概念的には極めて美しいものであり、欧米ではすでに大きな関心を呼んでいる。JPモルガン・アセットの調査によればアンケートに回答した米国の大手年金基金の22%がすでにこのような戦略を採用しているとのことである。
 デリバティブによる明示的な当該資産クラスの「ベータ」の移転を伴わないまでも、ベンチマークに含まれない証券や為替を活用するといった形での「アルファ」の移転はすでに伝統資産運用においても行われてきている。またすでに国内債券プロダクトに外国債券運用のアルファを活用しているプロダクトも存在し、最近はより明示的な「ポータブル・アルファ戦略」のプロダクトが提供され始めている。

 実際にこのような戦略を活用するにあたってはいくつかの点に留意する必要がある。第一にどこの市場において安定した「アルファ」が存在しているのか、そしてマネジャーはその市場において安定した「アルファ」を獲得できているのかという点を先ず見極めなければならない。第二に「アルファ」のリターンのみが移転できているのか、「ベータ」は完全に取り除かれているのかという点を確認し、「アルファ」と一緒に意図しない「ベータ」も移転されていないかを確認する必要がある。例えば一般的にエマージング市場においては多くの非効率性が存在し、「アルファ」を獲得できる可能性は高いとされているものの、流動性の高いデリバティブにより「ベータ」を複製することが難しいという難点がある。第三に「アルファ」の移転のコストにより「アルファ」が棄損していないかといった点も注意する必要がある。デリバティブの活用により低コストで可能とはなっているものの「アルファ」の移転には当然コストやスワップのカウンターパティーのリスク等コストを伴うものであり、それらのコストを差し引いても意味のある「アルファ」が存在していなければそもそも「ポータブル・アルファ戦略」を導入する意味はなくなってしまう。
 このように「ポータブル・アルファ戦略」の実践においては様々な留意点が存在し、その導入にあたっては高いガバナンス能力が要求されるものではあるが、「アルファ」と「ベータ」を効果的に活用する戦略として十分に検討に値するものであるといえる。

「債務」「アルファ」「ベータ」の統合管理

 今回のワトソンワイアットレビューではLDI とダイバーシティを主要なテーマとして採り上げているが、これまで述べてきた「アルファ」と「ベータ」もこの枠組みの中でとらえていくことができる。
 これまでの年金運用においては「債務」「アルファ」「ベータ」を意識し、必ずしもそれぞれの特性を活かした運用は行われてこなかったといえる。すなわちすでに述べた通り実際の年金資産運用の運用サイクルにおいては、「ベータ」である市場ベンチマークのリスク・リターンの仮定に基づいて政策アセットミックスを策定し、資産クラスごとにパッシブ運用とアクティブ運用のマネジャーに資金を配分し、パッシブ・マネジャーが「ベータ」を担当し、アクティブ・マネジャーが「アルファ」と「ベータ」を担当している。ここでは「債務」の変動はほとんど考慮されていない。
 しかしながら金利やインフレーション等の「債務」のリスクに対処するための様々な金融技術の発展により、本来の年金運用の目的である年金債務に対してその変動に対応する資産の持ち方が可能になってきている(本来はこの部分こそが年金にとっての「ベータ」とも言える)。
 したがってそれ以外の資産はリターンを追求する資産としての役割を果たすことになり、そこでは「アルファ」と「ベータ」の双方が適切なリスク・バジェットの下リターンを追求していくことになる。
 そこでのポイントは安い「ベータ」と頼れる「アルファ」の活用であり、これらを有効に活用するためのガバナンス能力が求められるのである。

トップへ戻る ▲

●久保田徹 くぼたとおる/慶応義塾大学経済学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートンスクールにて経営学修士(MBA) 取得。ファイナンス専攻。東京銀行、東京三菱銀行を経てワトソンワイアット株式会社に入社。当社入社後は金融事業戦略コンサルティング、資産運用コンサルティングに従事。