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【巻頭言】 |
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多様性を活かす関係マネジメント力の再生
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高橋 克徳 |
これからの人材マネジメントを考えるとき、避けては通れない二つの大きな変化を頭に入れておかなければならない。
第一の変化は、労働人口構成の変化である。すでに始まっている人口減少社会の到来は、今後さらに若年労働者の不足という問題を突きつけることになる。ある調査によれば、これからの10年で20歳代の若手人材の正社員人口は半減するのではないかという予測も出ている(※1) 。すでに社内の年齢別の人材構成のピラミッドが崩れている企業は多いと思うが、若手人材の極端に少ない企業になってしまう可能性もある。このまま新卒、男性、日本人中心といった採用戦略では、量的にも質的にも十分な人材を確保できない企業が今後さらに増えていくことになるだろう。事業や経営のコアとなる機能に女性を積極的に登用していく、退職した高齢者にも現場を支える人材として活躍してもらう、あるいは外国人ホワイトカラーを積極的に採用し、共に働く仲間として位置づける。こうした多様な人材を惹き付け、彼らの力を引き出す環境を整えることが、企業の成長や存続を規定する重要な要因になっていく。
第二の変化は、働き方、働く価値観の変化である。これも従来の正社員、長期雇用前提の働き方でない、新たな価値観に基づく働き方のバリエーションが一層拡大するということである。例えば、契約社員も単なるルーチン業務の補完的な役割ではなく、専門性やスキルのレベルに応じた契約社員、あるいは成果やアウトプットを一定期間に上げることを約束する契約社員など、その契約形態のバリエーションは広がる。さらにワーク・ライフ・バランスの観点から、女性社員だけでなく男性社員も産休や介護などの事情で一定期間、仕事から離れる。あるいは、各人の働く価値観に合わせて、時間や場所を限定した働き方を選択するケースも増えてくる。こうした各人のライフステージに合わせた最適な働き方を提供できない企業は、優秀な人材を引き留めることが難しくなる。
つまり、企業が必要な人材を確保し、つなぎとめるためには、多様性を組織の中に内包しなければならなくなるということである。極端な話、職場の中で複数の国の男性・女性社員、雇用形態や勤務形態の異なる社員が、一つの成果に向けて一緒に仕事をしていくことになる。こうした多様性を取り込んだ人材戦略への転換は、企業ごとにスピードは違っても、進行していくことになるだろう。
多様性を取り込むことは、新たな発展の可能性を広げることになり、本来楽しみなことである。ただ、ここ数年で寄せられる現場マネジメントで起きている問題を聞く限り、こうした多様性を活かせることができるか不安になる。なぜなら、多様な人材を活かし、結びつけるための関係性の基盤が揺らいできているからである。
人と人とが共に働く仲間として相互に貢献し合う状況、前向きに関わり合う状況が作り出せず、決められた自分の枠内の仕事はやるが、その範囲を超える仕事に関わろうとしない。関係が希薄化しているだけならよいが、さらにお互いに関わらず、困っていても助け合わない状況が続くと、不信感や防御的反応が起こり、関係が悪化するといった状況に陥ってしまう。こうした状況を変えるにはどうすればよいのかという相談も増えている。
多様性、すなわち異質なものが入り込むこと自体、心理的抵抗感を生む。それは、自分の予測できる行動、意図する行動とは異なる行動を相手が取ることによって、自分が不利益をこうむることになるのではないかという不安感から来る。ベースとしての「信頼」が欠如し、関係性を適切にマネジメントできていない状況の中に異質なものが入り込むと、さらに不安、不信の連鎖が起こりかねない。
多様性を受け入れ、活かすためには、その前に立て直すべきことがあるように思う。それは関係性をマネジメントする能力を再構築することである。組織として、特にミドル・マネジャーのコア能力として再生することである。本稿では、こうした問題意識から、関係性をマネジメントする能力の再生方法について考えてみたい。
実際に、相談されるケースを見ていくと、典型的には次のような現象が起きている。
最初のきっかけは、社員が精神的あるいは体力的に追い込まれ、休まなければならない社員や退社する社員が急増した、あるいはそこまでいかなくとも、組織全体がお互いに無関心で、一緒に協力できない、前向きにコミットする人が出てこないといった問題意識から始まる。なぜ、組織全体の活力が低下し、社員が疲弊していくのか。その原因や構造を明らかにし、これからの組織運営・人材マネジメントのあり方を見直したいという問題意識である。
現状起こっていることを把握するために、実際にヒアリングをしていくと、すぐに気づくことがある。それは、一人ひとりは、いたってまじめであり、責任感が強く、目の前の仕事をきちんとこなしている人たちであるということだ。決して自分さえよければよいというわがままな人たちなのではない。
しかし、こうした人たちであるからこそ、自分自身で抱え込み、自分を追い込んでしまうようだ。特に、成果主義による過度なプレッシャーがかかり、仕事が細分化され、他者からの支援が得られず自己完結で働かなければならない状況になると、まじめな人ほど誰にも相談できずに自分を追い込んでしまう。他人に迷惑をかけたくないという一心で、深夜残業や休日出勤を繰り返してしまう人も少なくない。
最初はそれでも、自分は任されているという高い意識で働いているから充実感はある。ところが、できる人ほど他の仕事に変えることができなくなり、気がつくと同じ仕事を繰り返していて、自分がこの数年何も変わっていない、自分は成長していないと感じるようになる。同時に、一見任されているようで、実は上司も周囲も自分に関心を持ってくれず、自分は都合よく使われているだけなのではないかと不安になってくる。成長実感を得ることができず、同時に自己肯定感を得ることもない。
このように、各人が自分の仕事で目一杯になり、さらに経験に裏付けられた確固たる自信が持てないままだと、他者に踏み込んで関わることが怖くなる。単に自分の仕事が増えるというだけでなく、自分が他の仕事で今と同じだけの貢献や成果を挙げられるのか。自分が否定されてしまうのではないかという不安を感じる。これが行き過ぎると、上司や周囲から依頼されても自分は忙しいと断り、ときに攻撃的な反応をして、自分を守ろうとする。その連鎖が組織に広がった場合は、組織内の関係がギスギスし、仲間として働く意識が持てない状態に陥る。
自分たちの会社に、こんな職場はないはずだと思われる人も多いと思う。しかし、よく見ていると、一見、一人ひとりは自分の仕事に強い責任感を持って働いているが、職場内あるいは職場間で協力して何かを起こそうといったときに、お互いが無関心を装い、踏み込もうとしない。あるいは表立っては言わないが、陰ではお互いを批判し合っている。そんな職場が増えているということはないだろうか。
実はこうした現象は一つの社会現象として注目されてきている。速水俊彦(2006)によると、自分を保つために仮想的有能感を持って、他者を見下し、他者を否定する若者たちが増えているという(※2) 。本来持つべき自己肯定感は経験の積み重ね、自分の存在が認められているというフィードバックの積み重ねによって持つことができる。しかしこうした経験が少ないまま成長した若者たちは、自分が周囲からはじかれてしまうことが不安になる。そこで自分がいかに価値ある有能な人間であるかを認めさせるために、他者を軽視し、ときに他者を否定する。希薄化した人間関係になるほど他者が脅威になり、他者を否定してでも自分を守ろうとするのだという。
こうした現象は、何も若い世代に起こっている固有の現象のようには思えない。むしろ、関係性が希薄化した職場では、こうした仮想であっても自己肯定感を得たいがために、ときに周囲との関係を絶ち、ときに周囲との関係を拒みながら、自分を守ろうとする行動が広がってしまっているということがないだろうか。
ここで一つの疑問が生じてくる。なぜ、このような深刻な状態になる前に、ミドル・マネジャーが問題解決することができていないのだろうか。そもそもミドル・マネジャーは、成果や業績を上げるために個人と組織の能力を高め、組織全体のモラールを引き出すことが最大の役割ではないのか。
しかし、関係性の希薄化や悪化が起きている組織では、ミドル・マネジャー自体が同じ自己肯定感の喪失状態の中で、自分自身の仕事で追い込まれ、自分を守るために周囲を否定するような言動をとっているケースも見られる。あるいは、人をリードする、まとめる経験の不足から、マネジャーとして自信を持てず、部下や周囲に踏み込めない存在になっているケースも多い。
特にバブル崩壊以降に入社した30歳代後半のミドル・マネジャーの中には、業務改革やリストラによって、自分の役割が限定され、担当領域も狭まり、さらに後輩が入ってこず、自分ひとりで同じ仕事を回し続けてきた人も多い。後輩と真剣に向き合って指導してきたり、あるいは自分自身が修羅場の中で、周囲の力を借りて、成功したりという自信の裏付けになるような経験がない。こうした人が、いきなりマネジャーになれといわれても、不安になるのは当たり前のようにも思う。
こうした育ちをしてきたミドル・マネジャーに、あなたの力で解決しなさいと追い込んでしまったら、状況は悪化するだけだ。ミドル・マネジャーが、関係性が崩れた背景にある人の心に対する深い理解を行い、その上でお互いに尊重し合い、貢献し合える関係を再構築できるようになるには、関係性をマネジメントするという方法論を組織として開発し、共有していくことが必要になるのではないだろうか。ミドル・マネジャー一人ひとりが考えるべき課題ではなく、組織全体として一緒になって解決していくべき課題として認識すべきである。
では、どうすれば崩れた関係を再生し、相互に貢献し合える関係に転換していくことができるのだろうか。関係性をマネジメントするとはどういうことなのだろうか。これまでの研究と経験を通じて、関係性をマネジメントするためには、大きく三つのステップが必要であると考えている。
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表/関係性のマネジメント |
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第一ステップは、不信感を取り除き、ベースとしての信頼を取り戻すことである。信頼回復のマネジメントである。
なぜ、人は相手を信用できないと思うようになるのか。それは、お互いの接触時間が減り、対話が少なくなり、お互いを知る機会が減少すると、相手が何を考えているか、その背景や意図が見えなくなってくるからである。そうなると、相手の真意が読めず、もしかすると自分の期待や認識とは異なる反応や行動を起こすのではないかという不安を覚える。その不安を立証するかのような問題や行き違いが起こると、それが不信感へと変わる。
山岸俊男・小宮山尚(1995)が指摘しているように、信頼は相手の人間性の評価に基づく、相手の意図に対する期待であると定義できる(※3) 。つまり、自分の期待通りに応えてくれる人なのか、少なくとも自分を裏切らない、騙さない人なのかという、その人の人間性に関する期待値が、信頼できるかどうかを規定する。
このように考えると、関係が希薄化している職場に欠けているのは、お互いの行動の背景にある意図の理解である。少なくともその意図は、自分を裏切ろうとか、騙そうといった悪意によるものではないという相互理解ができることが重要である。
そのためには、お互いが自分の置かれている状況や日々どのような思いで仕事をしているのかを開示し合うことが第一歩である。面と向かって話し合うことができなければ、職場でブログをやってみるのも一つの手段だ。あるいは第三者に思いを聞いてもらい、それを客観的な状況として理解し合う。そうしてみると、別に自分を騙すような人ではないし、確かに批判的なことを言っているけれども、それも自分と同じ不安感から来ているのだということに気づく。実はみんな同じ状況なのだという等位的認知を形成することが、不信を取り除き、ベースとしての信頼を再生する入り口になる。
第二のステップは、相手の能力に対する期待を共有し合うことである。差異化のマネジメントである。
関係性の希薄化を生み出している根本原因は、自己肯定感を持てない人たちが増えているということにある。自分自身が必要とされている存在であるという実感を持てないことが、お互いに踏み込んでいく勇気を持てなくさせている。
ではどうすればよいのか。一人ひとりが実はちょっとしたところで、人より頼りになるものを持っているということを知る、認識し合うということが重要になる。お互いの経験を公開し合う。自信がないとは言え、実は日々の仕事の中で自分なりには頑張ってきた。その頑張ってきた経験を共有し合う。すると、そこに実は自分だけが他者よりも少しこだわってやってきたこと、あるいは他者は簡単に済ませていたけれども、自分は力を入れてきたことが見えてくる。特別な専門性や高度な知識がなければならないということではない。小さい分野だけれども、そこなら誰よりも詳しく知っている、あるいは確認やチェックをきちんとやっている、顧客の話に辛抱強く耳を傾ける。そういった他者よりも少しだけ、徹底できていること、できること、知っていることを共有し合う。
自分が他者と違う何かができる、他者との差異を知ること、そしてそれをお互いに、認識し合い、認め合うことが、自己肯定感を持つ第一歩になる。各人がどこかで役に立てる人材であることを実感できるようにしていくこと。もしそれが見つからなければそれを意識して、お互いが少しでも人よりも徹底しているものを創り出そうとすることが、第二ステップとして必要になる。
第一ステップで、相手の背景や意図を知り、基本は同じであるという認識を再生し、第二ステップで各人が自分の存在価値を認識できる小さな差異を認め合う。ここまで来て、第三ステップ、すなわち、お互いに貢献し合う関係づくりに入ることができる。結合のマネジメントである。
お互いが協力し、貢献し合うためには、大きく二つの仕掛けを考えていくことが必要である。一つは、結びつくことの意義や面白さを実感する方法論を持ち込むことと、もう一つは、結びつくための作法やマナーを共有することである。
結びつくことの意義や面白さを体感するためには、あえて重なりを持たせた業務設計を行う、問題が生じたときに知恵を出し合う仕掛けをつくる、あるいは定期的に外部から学ぶといった共体験の場を演出するなどが考えられる。日々の仕事や問題解決、あるいは将来に向けた学びを共に行うことで、一緒に考え、一緒に何かをすることを通じて自然とお互いが関わり合い、貢献し合うという経験を積み重ねていく。
また、結びつくための作法やマナーも重要である。特にリーダーを活かすためのフォロワーシップのあり方を共有することも重要である。否定から入らない、意図や思いを確認し合う、組織全体の視点で考える、先んじてやったことは質がどうであれ賞賛する、といった基本動作を共有する。同時にリーダーが方向付けを行う、意思決定するときには、自分たちはフォロワーとしてどう支援していくのか、具体化してシェアする。対話の中でのNGワードを決めてもよい。お互いが気持ちよく結びつき、支援し合うための基本ルールを自分たちで定めていくことが必要である。
以上のように、壊れかけた関係を再生し、相互に貢献し合える関係を構築するためには、大きく三つのステップを経る必要がある。いきなり、一緒に働くためのルールや共通目的を決めて、一緒に頑張ろうといっても、お互いへの不信感やその背景にある自己肯定感の欠如という問題をクリアしない限り、お互いが前向きに関わろうという状況に変えていくことは難しい。
多様性を活かすとは、異質なものを受け入れ、その力を最大限引き出すように、新たな創造につながる交換関係を作り出すという行為にほかならない。異質なものは別の括りにして、各々が独立した価値を生み出してくれればよいという考え方もありうるし、その方が機能する場合も多い。しかし、これから起こる多様性は、同じ職場、一緒に働く仲間の中で起こってくる。つまり、異質なものと結びつき、新たな価値を生み出す関係を構築していくことが、企業の成長と存続にとって、重要な要件となっていく。
だとすると、今まさに行うべきことは、こうした多様性を活かすための関係基盤を再生し、相互貢献を引き出す関係へと進化させていくマネジメント力を組織全体として身につけていくことではないだろうか。そのために、まず我々は、「人」という存在をもっと深く理解すること、さらに一人ひとりと真剣に向き合うことが必要なのではないだろうか。
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(※1)リクルートワークス研究所『人材マーケット予測2015』(2005)
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(※2)速水俊彦『他人を見下す若者たち』(講談社現代新書、2006)
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(※3)山岸俊男・小宮山尚「信頼の意味と構造──信頼とコミットメント関係に関する理論的・実証的研究」『INSS JOURNAL』(1995)
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