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【巻頭言】 |
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企業は個人のキャリア形成にどう関わるべきか
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藤島 淑子 |
日本人のモラトリアムが長期化・高齢化していると言われて久しい。自分の進路やキャリアについての決断の時期を後ろ倒しにし、就職してもなお、何年もかけて「自分探し」を行う大人が増えているというのだ。
この「モラトリアム高齢化」は今もなお進行しつつあるが、その中身が、最近少し変わってきているのではないかと感じる。
以前は、単に「先が見えない」「自分に何ができるのか、自分が何に適しているのかがわからない」という理由から、今現在の仕事に注力できず、モラトリアムに陥る人が多かった。
しかし近年は、「やりたいことがありすぎる」「今の仕事は、自分らしい人生やキャリアを手に入れるための通過点」と考えて、「今の自分で終わらせない」という、将来への強い希望(願望)を持ったモラトリアム現象が起こっている気がするのだ。
その背景には、近年の個人を取り巻く環境の様々な変化が影響していると考えられる。
つまり、個人のキャリア・オプション、人生のオプションが、近年加速度的に増加してきているのだ。
しかも、「簡単に○○万円稼ぐ方法」とか、「誰でも起業して成功できる」といったハウツー本やハウツー・サイトが人気を集め、あたかも、誰でも簡単に望む収入や人生が手に入れられるかのような認識が世に広まっている(実際にはそんなことはありえないのだが……) 。
このような状況の中、企業で働く社員一人ひとりも、「いつかは自分の望む人生を……」という"夢"を大なり小なり持ち始めている。
それ自体は悪いことではないのだが、このような時代背景のもと、以前にも増して各個人は、今の仕事・会社への執着というものを持ちづらくなっているのだ。
このような状況の中、これからは、ますます「個の時代」が進むと言われている。
企業に雇われない生き方、小さくても会社の経営者として生きる生き方を求める人も、これからますます多くなるものと思われる。また、より条件の良い仕事、より面白そうな仕事を求めて、すぐに「転職」を選ぶ社員も引き続き増え続ける。
企業はこれまで、デキル社員に対して、給与や昇進で報いることでリテンションを図ってきた。しかし、このように「働く」ということに対する価値観・ビジョンが多様化してきた今、従来型の人事施策だけでは、すべてのデキル社員を引き止めることはできない。
またこれまでは、人材を育成するため、あるいは優秀な人材を惹きつけるために、企業内での「キャリアパス」を明確にすることも、人材マネジメント上の重要なテーマであった。
しかし、個人のキャリア・オプションが多様化し、社内・社外にかかわらず、様々な可能性を模索したいと考えている人材にとっては、そのような「社内限定キャリアパス」は、それほど魅力的でないどころか、窮屈とさえとらえられるかもしれない。
ますます進む「個の時代」。企業が個人のキャリア形成に関わっていくことは、これまで以上に、非常に難しくなってきているのである。
上で述べたように、これからは女性や外国人に限らず、個人一人ひとりの間でも価値観や働き方が多様化するという、真の「多様性の時代」「個の時代」が進むものと思われる。
しかし、逆説的だが、これからは「個の時代」だからこそ、「組織」というものの重要性がますます高まってくると考えられる。
日本はもともと、「組織」というものが非常に重視される文化である。自己紹介をするときには、「○○会社の××です」と、会社名をまず最初に紹介する人が多い。
顧客や取引先にしても、個人を信用するより先に、その人の所属する会社や出身校などの信頼性を重視するケースが多い。
これからは「個の時代」だからこそ、この傾向がさらに強まってくるのではないかと考えられるのだ。
話が少しそれるが、先日、ある業界について、インターネットで業界関連のプレイヤーを検索し、情報を集めていた。
さすが情報化社会。数多くのプレイヤーや専門家があっという間に表示されたが、ここでふと、ある不安を感じた。
誰でも簡単に会社を作れる時代、誰でも簡単に情報を発信できる時代だからこそ、情報の取捨選択と、信頼性の検証が非常に重要になってきているのだ。
そのときの重要な手がかりの一つとして、信頼できる「組織(企業)」との深いつながりが、今後、より重視されてくるだろうと考えられるのである。
また、多様化しているのは人材だけではない。ビジネスの世界でも、従来の「業界」の垣根は不明瞭になり、多様な企業が多様なサービスを展開している。
さらに顧客に目を向けてみても、企業ごとにニーズが個別化・多様化するとともに、その質や難易度は日々高まってきているのを、コンサルティングの現場でも肌で感じている。
このような状況の中では、「個の力」だけでは対応しきれない。個々の自立したプロが、その時々のニーズや課題に合わせて柔軟に連携・融合していくことで「組織の力」を作り出さないと、今のビジネス世界では勝てなくなってきているのである。
以上のように、これからは「個の時代」「多様性の時代」であるがゆえに、「組織」の重要性がさらに高まってくる。そしてそれは、「個」の力で勝負していく準備の整っている、自立したプロであればあるほど、実感として感じているところでもあろう。
つまり、これからのプロフェッショナルにとって、「会社」「組織」とは、実は自ら歩み寄っていきたい存在なのである。
しかし、それら自立したプロ(個人)と企業の関係のあり方というのは、先ほどお話ししたような、給与や昇進、社内キャリアパスを求めるような従来型の雇用関係とは全く異なったものである。
これから求められる企業・組織と個人の関係……それは、お互いが対等なパートナーとして、良い意味で利用し、利用される関係である。そして、それによって、相互に進化するスパイラルを作り出すことが、これからは強く求められてくるのである。
つまり、会社は個人に、独立・自立したプロとして、会社や事業を進化させるための経営パートナー、ビジネスパートナーとしての貢献を期待する。
また、個人は会社に、自分のアイデアや実力を世の中で最大限開花させるための基盤になってもらいたいと考える……。
「企業と個人の対等な関係」「フラットな組織」という言葉は、もう何年も前から世に溢れている。しかしそれは、個人が企業に対して対等に「ものが言える」「権利を主張できる」という意味で使われることが多かった。
これからの時代に求められる企業と個人の関係とは、そのような雇用関係を前提とした対等関係ではない。目的は相互を進化させること。そのために、お互いにメリットとなるような知恵や場、機会を提供し合うことだと考えている(まさに、時代を代表する企業Googleが実現している〔しようとしている〕ものである)。
それが、これからの企業と個人の真の「Win-Win関係」なのではないだろうか。
企業と個人の真のWin-Win関係をつくるために一番大切なのは、企業と個人が、ビジネスにおいて共通の「ビジョン」や「想い」を持っていることである。それがなければ、相互にメリットを提供し合い、進化のスパイラルを作り上げることはできない。
しかし、もっと基本的で、もっと大切なことがある。それは、企業はもとより、個人一人ひとりが"経営人格"を持つということである。
よく、リーダーになるためには「経営視点」「経営思考」が重要であるという話をする。それは、視野を広く持つ、視点を高く持つ、中長期の時間軸で見る、様々なバランス感覚を持つ……と、幅広いもののとらえ方・考え方を身につけ、実践するということである。"経営人格"の一要素として、この「経営視点」「経営思考」は非常に重要である。
しかし、それだけでは"人格"とは言えない。"人格"というからには、経営者としてのマインド(ココロ)を持つこと(少なくとも理解すること)が必要なのだ。
多様化の時代、「雇用契約」の意味や効力は小さくなりつつある。それでもなお、企業と個人が将来に向けてパートナー関係を保っていくためには、制度や契約などにとらわれず、自発的に相互に歩み寄り、結びつきを保っていくことが必要となる。
その際、各個人にとって大切なのが、「経営者の気持ちがわかる」ということ、つまり、気持ちで共鳴・共感することなのだ。
経営者とはいえ、ヒトである。また、組織を構成する一人ひとりも、同じヒトだ。近年、人事の世界では、成果主義の名のもとに、成果やスキル、発揮能力といったハードなイメージのある要素に目が向きがちであった。
しかし、ビジネスを進めていく上で最も大事なのは、もっとソフトで複雑難解なもの=人や組織をどうやってうまくマネージしていくかということである。そしてそれは、制度などの一律の枠組みで人材を縛ることができなくなる今後、ますます重要になってくる。
その際、特定の企業や組織と結びつきを保ちたいと考えるプロ個人に大切なのは、その企業の「経営者の気持ちを知る」「経営者の気持ちになる」ということである。そして、この企業の経営者だったら、今の自分に何を期待するか、どのようなWin-Win関係を築いてほしいと考えているか、ということを、まさに「経営者の気持ちになって」考えるということが、とても重要なのである。
そこには、単なるビジネス上の損得勘定を働かせるのではなく、最大のパートナーになるためには自分はどうあるべきか、という観点から考えて行動していくことが大切なのだ。
また企業としても、個人に対する"経営人格"形成の支援をしていくことが、有能な人材とより長く関係を維持していく上で、とても重要になってくる。
これまで、経営視点や経営マインドを身につける教育や研修は、管理職を対象に行うことが多かった。
しかし、年齢や社歴、経験にかかわらず、いつ何時、誰がどんなキャリア・オプションを選択するかわからない時代においては、この「経営人格形成」は、より早い段階から行っていく必要がある。
経営者のココロとはどんなものか……。多くの経営者の方が、「経営者は孤独だ」という。どんな決断も最後は自分の責任。誰にも相談できず、相談したとしても最後は自分の責任で決断しなくてはならない。その状況を、「孤独」と表現する経営者は多い。例えばそれが、経営者のココロの一つかもしれない。
大切なのは、今相手がどのような心理状態にあり、どのような決意のもとに行動しているのかを推し量った上で、自ら必要な支援や価値の提供を行っていくということである。
また、相手がどのような意図のもとで何を成し遂げようとしていて、自分には何を期待しているかを理解した上で、ビジネスに参画するということだ。
では、そのような「経営者のココロ」とは、どのようにすれば理解できるようになるのか……。相手のココロを知るには、相手の立場になってみる、つまり、経営者になってみるのが一番である。
とは言っても、社員一人ひとりにローテーションで社長をさせる会社などないから、ある程度疑似的な場を設定する必要もある。
一方で、最近は副業ブームでもある。週末起業という新たな仕事のカテゴリーも登場した。企業にとってみれば厄介な話ではあるが、見方を変えれば、これも経営人格形成の一つの有効な場である。もちろん、本業への影響を考え、ある程度のルールや規制は必要であるが、このような時流も忌み嫌うことなく、経営人格形成に積極的に活用する可能性を模索してみてはいかがだろうか。
また一方で、今も昔も変わらず、経営者とのコミュニケーションも大切な要素である。経営者のココロを理解してもらうには、経営者自身がまず、オープンでなくてはならない。
京セラの稲盛名誉会長が実践してきたアメーバ経営も、まさにこの"経営人格"を一人でも多くの社員に身につけてもらうための取り組みだという。そしてそこでも、経営者のコミュニケーションが非常に重要だということを、稲盛氏自ら語っている。
「経営者の考え方をみんなが理解してくれなかったら、一致団結するど
ころか、足の引っ張り合いを始めてしまう。経営者が哲学を会社の中
でそれを従業員に諄々(じゅんじゅん)と説きながら、従業員に同調して
もらわなくては、アメーバ経営は機能しません」
実際に、社員との懇親会の席では哲学を何度も繰り返して説明し、「理解できないのなら明日にでも辞めた方がいい」とまで言うそうだ(※)。
また、ある大手メーカーの社長は自身のブログを持ち、社員に日々継続的にメッセージを送っている。
社長との対話イベントや、その他様々な事項の告知をブログ上で行うなど、ブログへのアクセスを高める工夫も行っている。その上で、日常の素の自分や自分の想いなどを少しずつでもオープンにすることで、社員との距離を縮め、相互理解を促進しているのだ。
ここ10 年くらいで、日本も随分と情報公開が進んできた。しかしこれまでは、業績や経営上の意思決定事項など、まだまだ「表面的」なディスクローズがほとんどだったように思われる。
これから大切なのは、経営者自身が、自分自身をある程度オープンにし、「ココロ」を理解してもらうために工夫していくことなのではないかと考えている。それがそのまま、社員の"経営人格"形成にも寄与していくのだ。
ここまで、これからの企業と個人の関係、そして、これからの個人に必要なもの="経営人格"とその形成について述べてきた。
これからは、ますます個人のキャリア・オプション、人生のオプションは多様化していくと考えられる。そのような状況の中で、企業としては、会社の求める人材像を画一的に育てようとしても、どうしても無理が出てきてしまう。
それでもなお、企業は、個人の成長に寄与していくことを放棄してはいけない。これからは、企業と個人の関係の一番ベースとなるもの="経営人格"の形成に、特に意識して取り組んでみてはどうだろうか……というのが、今回の私の提言である。
「2006年は野球の年だった」と感じた人は多いだろう。WBCに始まり、甲子園の早実・駒苫に盛り上がり、日本ハムの優勝で締めくくった。どのチームにも、そのチームを象徴する魅力的なリーダーがいたが、その誰もが、試合直後に同じ言葉を口にしたのが印象的だった。
「仲間」――これからの時代、強いチーム、強い組織のキーワードは、これなのかもしれない。
企業においても、「人材を育成する」と大上段に構えるのではなく、各人に「自分たちの仲間になってもらう」というスタンスで接してみてはいかがだろうか。すると自然と、会社や経営者、個人が行うべきことというのが、見えてくるのではないかと思う。
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(※)日経ビジネス06 年10 月2 日号より。
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