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【巻頭言】 |
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「女性を活かせるカイシャ」考(その2)
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曽根岡 由美子 |
少子高齢化や労働人口の不足といった問題に備えて、「女性活用」や「多様性対応」に関する国や企業の施策を報じる特集や記事が、連日テレビや紙面をにぎわせている。女性の就業環境を整備したり、女性を登用するのは、今や当たり前のこととして語られつつある。「女性の役員がいないと、株主総会で突っ込まれる」とさえ言われているらしい。女性活用策や支援策が十分でない企業は、それだけで労働市場において競争力を失うかのような危機感も感じられる。
やや過剰なまでの勢いという感もあるが、企業が自社の競争力となる人材を「男性/日本人/正社員/新卒」という従来の枠組みで固定的にとらえていくことには、限界が見えている。多様性に対する取り組みが実社会に定着して根付くまでには、多くの時間がかかると予測されることから、いかに真剣に取り組んでも過剰ということはないのかもしれない。
なかでも、女性活用や女性の就業・キャリアに関するテーマは、「人材マネジメントを取り扱うコンサルタント」であり、同時に「ワーキング・マザー」である筆者にとっては、自分自身の課題でもあった。ワイアットレビューの36号においては、「女性を活かせるカイシャ考」の第一弾として、女性の多様性にいかに向き合っていくかについて、具体的な方法論も含めて述べてきた(※)。今回は、少々角度を変えて、「多様性の時代の人材マネジメント」について、女性に焦点を当てつつ考えていきたい。
周知のように、ここ数年における「多様性への対応」や「女性活用」に対する社会的注目度は急激に高まっている。様々な取り組みに関する記事や報道をみると、そのスタンスや取り組みのあり方が二極化しつつあるように筆者は感じている。
最近特に増えているのが、将来の労働人口の減少に備えて、質と数の両面で人材を安定的に確保することを目的として、女性の勤続や復職を支援する制度を整備したり、女性の抜擢・登用を急速に進める企業である。中には、女性を活用すること自体が目的と化してしまったかのようなケースも見受けられる。
このような社会現象が顕著となりつつある一方で、女性活用に関する地道な取り組みは、すでに20 年以上の長きにわたって進められてきた。国の施策面では、関連する法制度が、1985 年の男女雇用機会均等法の施行に端を発し、1992 年の育児休業法施行、1998 年の機会均等法の改正、2005 年の次世代育成支援対策推進法の施行と、徐々に整備されてきた。企業の女性活用の取り組みも、松下、旭化成、TOTO、資生堂など、早い会社では10年以上も前から着手し、今もなお模索されている。これらの企業は、付け焼刃ではない、ハード(制度や仕組み)とソフト(仕組みの運用や意識改革)のバランスの取れた取り組みが必要であることを経験し、私たちに示してくれている。
今や誰もが気づいているように、ビジネスの担い手は、従来の「男性/日本人/正社員/新卒」から「女性/外国人/非正社員/中途採用者/高齢者」へと拡大し、多様な人々が組織を構成する時代を迎えている。この状況に対して、単に「人材確保」という視点でハード面の整備に取り組む企業と、ビジネスの前提が変化しつつあると受け止め、新たな環境のもとにおける業務のあり方や組織運営のあり方、自社の競争力のあり方を根本から見直そうとする企業に二極化が生じつつある。長い間、女性活用について試行錯誤を繰り返してきた企業や、女性が競争力に直結するような業界──消費者が女性であるビジネスや、女性の経験そのものがサービスや提供価値を構成しているような事業(介護ビジネスなど)──においては、後者の視点に基づく取り組みが散見される。
これまではハード面の整備を中心に進める企業が多かったが、今後はソフト面(組織運営や人材マネジメント)のより難しい課題に本格的に向き合うことが求められる。ここで、多様性の時代をリードし、従来以上に組織力や競争力を向上させていくためには、後者のような視点が必須なのではなかろうか。多様性への対応が求められる今こそ、自社の価値創出のメカニズムを根本から見直し、組み直すことができる会社が次への進化を遂げることができ、また優秀な人材が長い関係を維持したいと思うような魅力的な会社になるのではないか。
そのような会社になるためには、女性をはじめとする多様な人材に対して、どのようなマネジメントを行っていったらよいのであろうか。筆者は、これからの人材マネジメントのベースは、「高度成果主義の徹底運用」と、企業の「本質」や「価値観」の共有にあると考えている。
年功色の排除から、すべての属人的要素の排除へ
80年代から急速に普及した成果主義は、もはや当たり前の時代となった。成果主義の定義は様々であるが、ここでは「個人の力を引き出し、企業の競争力を再生するための人材マネジメント」であり、そのためには、「属人的要素を排除して、個人の実力や貢献に応じて処遇する」としよう。そうであれば、まさに成果主義は「多様性の時代の人材マネジメント」に合致するはずである。
ところが、これまでの成果主義は、この「属人的要素」として、「年功」を廃することに焦点が当てられてきた。この年功色を排除することが実に困難であったことは、読者の方々も経験されているのではなかろうか。クライアントの中には、今なお完全に払拭しきれず、模索を続けられている企業も多い。
一方、人材マネジメントにおける差別は年齢だけではない。年齢という要素の排除に注力してきた段階では、依然として「男性/日本人」であることを前提としており、「女性/外国人」には関心が向けられなかった。人事制度などの仕組みの上では「女性/外国人」を明確に差別する要素は認められないものの、運用面や組織運営面では明らかに男性が中心の時代であった。これは欧米でいえば20年前の状況である。
このような「年功色排除」の段階の人材マネジメントを従来の成果主義としてとらえるならば、「女性/外国人」を含む一切の属人的要素を排除した人材マネジメントは、成果主義の完全版、「高度成果主義」と呼んでもよいかもしれない。
では、従来の成果主義と「高度成果主義」は何が違うのか。根本の考え方は同じである。組織として求める価値やこだわりを明確に定義し、それを評価軸や人材要件に織り込み、社員に強烈なメッセージとして伝えていくという本質の点では、何も変わりはない。
ただ、これまでの成果主義は「男性/日本人/正社員」を前提として運用されてきた。特に「外国人/非正社員」は、多くの場合、別枠で扱われている。また、「女性」は、制度の上での明確な差別はないが、配置や登用などの運用面での差別や、いわゆる「間接差別」を受けてきた経緯がある。
「間接差別」とは、明確に制度や規定に差別的な内容があるわけではないものの、実質的には女性が不利になるような制限を指す。
具体的な要件などの制限については、一部法律で禁止されるようになりつつあるが、運用面の多くの差別は依然として残っている。
「間接差別」の例
採用/昇進の要件における差別(法規制の対象)
機会における差別
賃金における差別
「高度成果主義」においては、これらの差別的な要素を一切排除し、また歴史的に積み重ねられた差別の影響を埋めていくことが最大の課題ではないかと考える。
中でも気になるのは、経験の不足から女性リーダーが少ない点である。形の上での女性の抜擢や登用も、従来の枠組みを壊して成功例を作る意味では有効だが、望ましいのは、男女や国籍、年齢といった属性に関係なく、等しいチャンスの中で各人がキャリアを形成し、企業や組織もそれを最大限に活用できることなのではないだろうか。
バリューベースのマネジメント
子供を持つ女性の就業を支援する施策として、働く時間や場所のフレックスな対応が増えている。その多くは、働く女性を「時間」で管理する手法をとっている。
しかし、企業と個人の関係が対等となり、多様な人材を取り込んで組織力を強化しようとするときに、「時間」によって管理を行うことに対して、違和感を抱いているのは筆者だけであろうか。「時間」による管理は、労働集約型の仕事において、同じだけの時間を使えば誰がやっても同じだけの価値を生み出す場合に適する方法である。ただでさえ、成果主義が浸透し、一人ひとりが生み出した価値(バリュー)が問われる時代において、時間管理の考え方は多くの仕事の場で不適合を起こしている。「時間外手当」に関する規制は日本社会の現状に合致していないとして、法改正が議論されている。
このような時代/環境において、企業が女性と新たな関係を築く際に、時間管理の概念を用いるには違和感がある。特に、企業が様々な配慮や支援を行い、長く関係を維持していきたいと思うような女性に関しては、時間ではなくて、本人が生み出した価値(バリュー)に基づくマネジメントが望ましいのではないか。
その意味でも、各人の生み出した価値や貢献を徹底して問い、それに対して処遇していくという成果主義の考え方は、多様性の時代の人材マネジメントに合致するものである。企業は、女性に対してどのような価値を期待し、どのように自社の強みにつなげていくかを明らかにし、その上で女性が提供した価値によって評価・処遇していく。そうすることによって、女性側の状況によって、働く場所や要する時間はいかようにも調整可能になり、まさに多様性に応じたマネジメントといえるのではないか。
経営の視点による個別解
冒頭で、多様性への対応を考える際には、自社の競争力のあり方を根本から見直そうとする視点が必要と述べてきた。従来の成果主義でも全社一律の仕組みや運用は困難であったが、それ以上に多様性の時代には、会社が求める人材をいくつかのグループ(セグメント)に分けて、経営の視点から誰とどのように関わっているのかを明らかにする必要がある。
ベンチャー企業や小さい会社では、もともと制度ではなくて個別に対応することが多いので、多様性への対応は比較的容易かもしれない。一方、規模の大きい企業においては、同一のマネジメントを行ってきた長い歴史や、変化を嫌う組織全体の慣性があるのに加えて、個別対応では全社員をカバーしきれないという難しさがある。
そこで、会社にとって重要な戦力となる人やグループを選んで、選択的に高い自由度をもって対応していくことが必要である。実際に、最近の新聞記事に、パートナーの海外赴任にともない日本と海外を定期的に行き来しながら、日本企業での仕事を続けている複数の女性が報じられていた。彼女たちの成果や貢献はいうまでもなくバリューベースで測られる。このような働き方が可能となり、企業の競争力が高まるのであれば、それこそ、真の「多様性の時代の人材マネジメント」「高度成果主義」といえる。
また、上記ほど選択的なマネジメントの対象にならない層に対しても、仕事の性質や価値を創出するプロセスによって、解のあり方は異なる。例えば、今まで、同じ空間で同じ時間帯に働くことが当たり前だった仕事のあり方を柔軟に見直し、より効果的に価値を生み出す方法がないかを追求する。その上で、短時間労働やワークシェアリング、自宅勤務などの具体的なあり方(時間や場所、その他の具体的な条件)を設定する。チームワークやコミュニケーションが重要な職種の場合は、勤務は他の社員と同じ条件にし、その分、託児所の費用を会社が負担するなどという判断があってもよい。あるいは、長時間労働の時期と短時間労働の時期を組み合わせたりしてもよい。
このとき、大事なのはいかに個別に解決策を描けるかである。同じ制度を全社員に適用しようとすると、制度自体の自由度も低くなり、職種やレベルによっては無理や無駄も生じる。
「多様性の時代の人材マネジメント」として、高度成果主義とともに筆者が重視しているのが、組織としてこれだけは譲ることのできない「本質」や「根っこの価値観」を共有することである。ワイアットレビューの36号においても、「真に女性を活かすことができるかは、その企業が自社のビジョンや価値観を明確に打ち出し、女性に伝えることが大前提である」と述べてきた。
ここでは、なぜ、「本質」や「価値観」を共有することが重要なのかについて、触れておきたい。
多様な女性、多様な人材を引きつけるため
育ちも立場も価値観も異なる様々な人々が、自分の人生観の中で企業との関係に重きを置き、長期的な関係を築こうとするには、その企業や仕事に大きな魅力を感じることが大前提である。特に、企業側から見ても長期的な関係を築くべき優秀な人材は、賃金や労働条件などといった些末的なことよりも、その企業のビジョンや価値観、つまり「本質」に対して大きなこだわりを持っており、最大のモチベーション要因となることが多い。現在、多くの企業が取り組んでいる女性への支援策は、実際に女性が仕事を続けていく上で必要であり、人材確保に影響を及ぼすものである。しかし、いかに支援策が充実していようと、本質に共感できなければこれらの優秀な人材は定着しない。
したがって、「多様性の時代の人材マネジメント」の重要な要素、これからのマネジャーの重要な役割は、「自社が何にこだわり、何を大事にしているか」といった「本質」や「根っこの価値観」を徹底的に追求し、それを伝えていくことにあると考える。
異なる存在を相互に理解するため
一般に、人間は自分の信念や価値観、仕事の仕方や行動は正しいと信じたいものであり、自分とは異なるものに対して、否定的になりがちな存在である。
これまでは、「男性/日本人/正社員/新卒」といった枠組みで同一な人材が組織を構成していたので、ある程度無理なく相互理解が得られる状況にあった。しかし、多様性の時代においては、自分と異なる存在を相互に理解し、受け入れていくことが求められる。そこで、同じ「本質」や「根っこの価値観」を共有していて、単に働き方や方法が異なることがわかれば、お互いを理解しやすくなる。
特に、女性の就業に対する支援策が拡充するにしたがって、「女性であることから過度に優遇されている」とか、「子供がいるからといって甘えがある」といった反感を抱く人も出てくる。しかし、本人は他の社員と同じように会社の価値観(例えば、徹底した顧客志向とプロフェッショナリズム)を持ち、子供の就寝後に疲れを押して徹夜で仕事をしているかもしれない。相手も自分と同じように会社の価値観を仕事の上で実践していることがわかれば、見た目の働き方の違いは問題ではない…… と理解が可能になるのではないか。
共通の判断軸として
当たり前のことであるが、今は環境の変化が激しく、スピードが求められる時代である。様々な場面で迅速な判断が求められる。同一的な組織で上位者がすべて意思決定していた時代と異なり、多様な人材が関わる組織では、それぞれに主張した結果、意見が割れたり判断に迷うことが多くなる。その際、各人がそもそもの「本質」や「価値観」に立ち戻ることが重要である。いわば、議論のための共通言語といってもよいかもしれない。
また、異なる人材が共に仕事をしていくためには、仲間に理解されて受け入れられるような「良識的な判断」が求められる。いかに会社側が女性の状況を配慮し、支援策を講じたところで、その恩恵をこうむる女性側が「良識的な判断」ができなければ、仲間として認められ、周囲のサポートを得ることは不可能である。この「良識的な判断」もやはり、企業の「本質」や「価値観」に基づいて形成されるものではなかろうか。
女性をはじめとする多様な人材とより良い関係を築き、企業や組織の競争力を高めていくためには、これからの組織運営や人材マネジメントはますます難度が高くなるものと思われる。また、マネジャーに求められる役割は、質も難度も大きく変わってくるであろう。そこで、企業や組織としてのマネジメントスキルの優劣によって、今まで以上に競争力に反映され、差がつくことが予測される。
しかし、働く人たちの属性が多様化したという環境の変化はあるものの、基本にある人材マネジメントの本質は従来と大きく変わるものではなく、むしろ原理原則に立ち返って、徹底的に追求することにあるように思われる。前提としての働き手の変化に応じて、柔軟かつ巧みに組織運営や人材マネジメントを極めていくことが、これからの経営者やリーダーに求められる。
今はまだ、いずれの企業も多様性への対応については模索中である。人材マネジメントに関して感度の高い読者の方々の会社や組織においてこそ、これまでも追求してきた「個人の力を引き出し、企業の競争力を再生するための人材マネジメント」を極められ、新たな時代のリーダーとなられるものと期待してやまない。
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(※)ワトソンワイアットレビュー36号、32ページ、「女性を活かせるカイシャ」考―女性の多様性と向き合う
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