www.watsonwyatt.com
.

なぜ人々の協力行動が崩れつつあるのか
ソーシャルキャピタルとしてのヒト資本開発
 

  高橋 克徳 永田 稔   河合 太介

皆さんの会社、職場では、人と人とが気持ち良く、
協力し合っていますか?


 皆さんは、上記の問いにどのように答えるだろうか。
 この問いに対して、うちの会社は気持ち良く協力し合っていると自信を持って答えられるだろうか。あるいは、気持ち良く協力していても業績が上がらなければ仕方ないのだから、質問自体が無意味だと考える人もいるかもしれない。
 しかし、ここ数年で、こうした協力を巡る様々な問題が、単なる社員の不安、不満といったレベルを超えて、組織として解決しなければならない重要課題へと変わってきている。なぜなら、こうした協力できない状況が、社員のモラールダウンだけでなく、生産性や品質の低下という問題にも結びついてきているからだ。
 本稿では、こうした非協力がもたらす組織的課題を明らかにしながら、その原因と解決方向について述べていく。

T. 問題提起 ─ 他人に協力しない人たちが引き起こす問題

1. 関わらない、協力しない、信じられない
 皆さんのまわりで、あるいは皆さん自身に、以下のようなことは起きていないだろうか。

直接対話しない
 毎朝、社員は出勤してくると黙って自分の席に座り、パソコンを立ち上げる。大量のメールを読んでその対応に追われているうちに、何時間も過ぎてしまう。その中に、隣の人や近くの人から来たメールがあっても、すべてメールで機械的に返事をしていく。
 そんな中でちょっとしたトラブルがあった。ミスを発見した人が担当者にメールを送り、その対処を急いでほしいと伝える。ところが、それは自分のミスではない。別の人が対処すべきだなどといったやりとりになり、問題がこじれてしまった。見えるところに席があるのに、直接話をせず、メールで何度もやりとりをしている。

新しいことに参加してくれない
 新しいプロジェクトが発生した。大きなプロジェクトである。自主的に参画してほしいと公募にしたが、誰も手を上げてくれない。
 そこで業務の状況を踏まえて、上司と相談して中堅社員にメンバーとして参画してほしいと依頼をした。ところが彼は、自分の担当業務が忙しいし、さらに自分の仕事で大きな案件が入る予定なので難しいと繰り返すばかり。結局、形式的に入ってもらったが、いろいろ理由をつけてミーティングに参加してくれない。

部門間での連携がうまくできていない
 商品開発部から一向に連絡がない。商品の発売予定を考えると、今の段階から生産体制の準備が必要だ。ところが問い合わせても、まだ検討中という連絡ばかり。そうこうしているうちに、直前になって商品の仕様変更があり、生産面および品質管理面で大きな影響が出てしまった。しかし、彼らはそのことについて、一言も謝罪がない。ただ、変更があったので早急に対処してくださいという説明だけだ。彼らはいつも一方的だ。

上司や会社は、どこまで自分を育てようとしているのか
 うちの会社は、入社すぐの社員に一分野を担当させてくれる。責任のある仕事だ。しかし、その仕事の内容や進め方を教えてくれたのは、最初の研修のみ。OJTで教えますと言われたが、自分で勉強するのが当たり前。上司や先輩は忙しそうで声をかけづらいし、向こうから声をかけてくれることはほとんどない。大きなトラブルでなければ、自分で解決していくしかない。
 気がつくと、同じ仕事をもう3年も繰り返している。この仕事がわかるのは自分だけになってしまった。次の仕事にチャレンジしたいと上司に伝えたが、この仕事は君が頼りだからといって、話を聞いてくれない。自分はこの先、どうなるのだろうか。この会社は、自分を都合よく使っているだけではないのだろうか。

契約社員や派遣社員は、一緒に働く仲間ではないのか
 昔は一般職といった女性の正社員が多くいたが、今は契約社員や派遣社員が業務管理などの役割を担っている。経験の長い社員などは、正社員以上に会社の業務の仕組みをよく知っているし、若手正社員以上の働きをしている人たちも数多くいる。
 しかし、個人の名前を覚えずに「派遣さん」といって指示を出してくる社員や、会社も正社員でない人たちはネームカードの色などで区別している。あなたたちは社員とは違う。そういったメッセージや実際の扱いの違いに戸惑うことが多い。自分たちはいつまでたっても外の人。仲間にはしてもらえないのだろうか。

 ここに出てくるような、「直接対話をしようとしない」、「関心を持ってくれない、協力してくれない」、「調整がうまくできない、連携できない」、「関わってくれない、放任されているだけ」、「仲間になれない、仲間にしてもらえない」といった事例を挙げようとすれば、きりがない。
 あなたの会社、あなたの職場でも、似たようなことは起きていないだろうか。お互いに必要な関わりができない、踏み込めない、協力し合えないことが、お互いの不信感やモラールの低下を引き起こしているということはないだろうか。
 気がつくと、これが職場全体に波及し、「お互いに関わらない、協力し合えない組織」になっているということがないだろうか。

2. 協力し合えない組織に働く心理の連鎖
 協力し合えない組織では、どうも共通に以下のような心理の連鎖が起きているようだ。
 まず、各人の仕事は細分化され、一人ひとりに独立した役割が与えられているケースが多い。
 さらに、マネジャーから新入社員まですべてが、個人成果へのプレッシャーの中で働かなければならない状況に置かれている。
 加えて、周囲の人たちを知る機会、特にその人の「人となり」や「考え方」を知る機会が著しく少ない。
 こうした状況の中で、各人は自分のやるべきことを日々こなしていく。業務量は多く、自分一人でやりきるしかない。長時間残業を繰り返す。しかし、これだけ自分は忙しい思いをしているのに、誰もわかってくれない。声をかけてくれない、声をかけられない、相談できない。こういった状況が続く。
 同時に、自分も周囲の仕事がよくわからない。聞かれても適切な助言ができるかわからない。いい加減なことも言えない。忙しい中で自分から関わって、仕事が増えたら大変だ。自分じゃなくても上司や先輩がどうにかするはずだ。自分は目の前の仕事をやればよい。
そんな心理も働いてくる。
 どうもまじめな人ほど、こういった心理になり、自分で抱え込み、自分の中で仕事を完結させようと必死になっているように思う。そしてお互いの関係が希薄化していく。

 さらに状況を悪化させてしまうことが起きる。助けてほしいときに、誰も気づいてくれなかった、誰も声をかけてくれなかった、声を上げたのに手伝ってもらえなかったという経験である。これを繰り返してしまうと、何もしないほうがよいという学習をしてしまう。
 その結果、自分を守るために、自分の内と外の世界に明確に線を引き、そこに踏み込ませないようにする。何か起きたら自分には関係ないと無関心を装う。それでも踏み込んできたら防御する。度が過ぎると、周囲に対して攻撃的な態度をとり始める。
 こういった状況になると、お互いへの不信感が批判や対立の構造を生み出してしまうこともある。こうなると関係が破綻していく。
 協力し合えない組織では、お互いの顔が見えない、お互いの意図や状況が見えない中で、非協力でいることで自分を守ろうとする行動の連鎖が起きてしまっている。

3. 何を解決しなければならないのか
 問題は何か。人が気持ち良く協力し合えないことが、社員のモチベーションに影響を与え、場合によって人を追い込んでしまい、壊してしまうかもしれない。そういう意味で、お互いが必要な支援をし合えない状況自体、大きな問題である。

 しかし、社員の心の問題だけだというと、それでも業績さえ上がればよいといった考え方を持つ人もいるかもしれない。しかし、実際にこれらの問題は、経営にとっての大きな問題となりつつある。それは、組織の生産性や品質に対する影響である。
 本来、お互いに協力すればスピーディに対処できる仕事に時間がかかってしまう、お互いの仕事の隙間にある仕事を誰も拾おうとしない。同時にお互いにわかっていても、指摘し合うことをしない。その結果、品質面で決定的なダメージをもたらすような案件が見過ごされてしまう。
 「協力し合えない」という問題は、個々人の意識や行動の問題で片づけてはいけない問題である。組織全体の能力低下の問題ととらえるべきである。その上で、協力し合えない状況を生み出している根本原因を明らかにし、その企業の成長にとって必要な協力行動を生み出すメカニズムを構築していくことが必要である。
 本稿では上記の問題意識をもとに、協力行動が失われた原因を明らかにし、その解決に向けた糸口を提示する。

U. 原因分析 ─ なぜ他人に協力しない人たちが増えたのか

1. ソーシャルキャピタル的な視点 ─ 失われつつある強さ
 なぜ日本企業の中で協力行動が失われつつあるのか。その原因を探っていく。
 筆者が企業を見る際の視点の一つは、個々の構成員の状態とその構成員間の関係のありようである。別の言葉で言うと、個々の人の力量(狭義の人的資本)と個々人のつながり、関係の強さや質の高さを示すソーシャルキャピタルとしての組織の状態である。この二つの状態は、相矛盾するものではなく、むしろ補完的である。昔から言われる「組織力」とはこの両者を指したものであり、マネジメントとしては両者に気を配りながら会社としての強さを高めていくべきものであろう。
 日本企業の強さは、従来、後者のソーシャルキャピタル的な個人間の関係の強さにあった。「すりあわせ」による「最終品質の高さ」などはまさに人と人の間に依存するものであり、ある特定の個人が強いだけでは達成は難しい。組織のメンバーが相互に協力をし合ってこそ達成できる成果である。
 今後、日本企業がグローバル、多様性のマネジメントを考える際に、個々の力の開発もさることながら、組織全体として力を発揮するための「関係のリデザイン」が必要になってくる。いやむしろ、グローバル、多様性マネジメントに働く力学は「分散」である。そこで必要となるのは、個々の人をいかに「つないでゆくか」という作業であろう。

2. 協力行動が失われた原因
 リデザインを考えるためにも、今なぜ協力行動が阻害されるようになったのか、その原因を考えてみたい。この阻害要因を考える枠組みとして、構造、インセンティブ、情報共有の三点から考えるのが適当であろう。

 まず構造面で見ると、現在、各企業で進んでいるのは「組織の蛸壺化」である。一人ひとりが自分の業務に閉じこもり、他の業務との関係が希薄になってしまっている状態である。この蛸壺化は、業務が複雑化、専門化するにしたがい、業務を細分化せざるをえなかった事情がある。そこにさらに、責任や評価を明らかにするという流れで出来上がったものである。
 この業務の細分化、責任の明確化の取り組みは、一時的には組織の生産性を高めた。その理由は、従来日本の企業においては、業務範囲や責任がかなり曖昧であったため、その線引きをすることで個々の業務への集中化や専門性による効率化が図られたためである。
 ところが、現在になってその弊害が現れてきた。現在、起きているのは「その仕事は自分の仕事ではない」という細分化、専門化の弊害である。この現象はなぜ起きたのであろうか。
 この高い生産性を生んでいた状態から一転して弊害が顕著になった原因は、世代の交代である。もともと、前後の工程を知悉していた世代における業務の細分化、専門化は、お互いがよく見えながらの効率化であったため、個々の業務の効率化だけでなく、業務間の効率化も伴っていた。
 しかし、徐々に世代が交代するにつれ、前後工程を知らない人々が細分化、専門化の枠組みで業務を担うようになってきた。これらの人々は前世代と異なり、前後工程の事情を知らないため、自分の仕事のみを意識する。その状態が続くにつれ、特に業務間での受け渡しに問題が生じてきた。さらに、短期的な結果主義により、責任のなすり合いが起き、関係自体が悪くなっていった。
 加えて、蛸壺の中にいる状態は短期的には「楽」である。自分の責任範囲の成果を挙げれば問題ないという姿勢が生まれてきた。悪循環である。
 細分化、専門化などの役割構造は現在、上記のように社内での協力行動を阻害し始めている。そして問題なのは、皆がこのことに気づきつつあるのに、短期的には「楽」な蛸壺から出られない「ジレンマ」であろう。

 二つめの協力行動を阻害する原因は、インセンティブ構造の変化である。
 通常、インセンティブというと、営業インセンティブなどの報酬制度をイメージするが、ここでいうインセンティブはもっと広い意味で使っている。人間の行動を喚起する長期の利得構造である。
 従来の日本の雇用システムでは、長期雇用という会社から提示されるインプットが存在した。その提示は、各社員の中で「大きな問題を起こさなければ、長期での幸せを手に入れることができる」という「期待」を抱かせた。そして、実際、この「期待」はハッピーリタイアメントをする人々を目にすることで「実感」し、ますます期待の裏付けとなった。
 この期待は、実際の行動に大きく影響を与えたと考えられる。人々は、自らの期待実現のためには、その担い手である「会社」や「仲間」を壊すようなことをせず、いざというときには、最低の協力行動は常にとるという状態が保たれてきた。
 現在、この協力行動を喚起した「期待」は明らかに変化をした。社員は会社自体が長期に存在をしない、雇用も保障をされないという現実を次々と目にしてきた。また長期での処遇は短期での金銭処遇に変わり、単年度ごとに精算をされる構造に変化をしていった。その結果、人々の会社への長期の「期待」は急速に低下をしてきたという状況にあると考えられる。
 この期待の変化が、いざというときにお互いに一歩踏み出す力を弱くしたと考える。

 三つめの協力行動阻害の原因は、人が人に協力をしようという際に、「知っている人だから」、「あの人の知り合いだから」という気持ちがあるないでは、協力行動の喚起のされ方が異なるであろう。
 従来、日本企業ではこの種の人に関する評判情報の流通が多様な場で行われていた。その流通の場は、仕事という場も当然ながら、オフサイトの場が重要な役割を果たしていた。
 例えば、社員旅行という場は、結束を固めるという機能と理解をされてきたが、副次的な機能として、お互いの「人となり」を含めた人情報の交換の場であったと考えられる。「話をしてみると、意外にいいやつだった……」というのは、関係を作る上で重要である。このような他人への「気づき」が発生する場が無数に存在したのが、日本の会社であった。
 相手を知るとは、単にその人の形式情報を入手するということではない。その人の行動を引き起こす背景にある、考え方、感じ方、経験、思いといった「人となり」を知ることが重要だ。なぜなら、そうしたその人の背景を知ることで、その人の行動の意図が理解でき、その行動パターンを予測できるようになるからだ。人と人とが協力するためには、相手がどんな意図を持って行動する人なのかを知ることが極めて重要になる。
 しかし、近年、このような人となりを含めた人情報を交換、流通する場が極端に少なくなってきた。例えば、社内旅行を行っている会社が現在どれほどあるだろうか。ここ数年の経費削減の流れの中で、インフォーマルな場は次々となくなってきた。それにより、人情報を交換する機会、会社全体としては人情報の流通が停滞したと考えられる。
 この停滞は、「知っているやつだから助けてやろう」というコミュニティの持つ相互扶助の力を弱くした。協力するきっかけや動機を失わせたのである。
 社内旅行を復活させよ、と言っているのではない。現代的文脈の中での、改めての「評判情報、人情報の流通」のデザインが必要なのである。

 以上の構造、インセンティブ、評判情報の流通、この三つの変化が人々の協力行動を阻害してきた原因と考えている。
 冒頭述べたように、人的資本の開発を考える際に、個々人の能力だけでなく、個々人間の関係の質や強さをどうデザインするかが今後の課題である。この関係性は日本企業の特徴ではあったが、グローバルにも普遍性を持つものである。ソーシャルキャピタルへの世界的な注目や経済学における人間行動の取り入れ方は、その普遍性を証明している。
 日本企業が現在向き合っている、働く人々や働き方の多様性、グローバルへの広がり。この環境変化の中で、どのような企業内ソーシャルキャピタルを設計していくのか、その取り組みが現在求められている。

V. 解決策 ─ 協力し合える組織に変える方法

 この章では、協力行動阻害要因の章を受けて、協力行動を促すための施策について述べる。紙面の都合上、本章では、三つの要因のうち、インセンティブに限定して論じることとする。

1. 損得「勘定」から根源的「感情」へ
 「従来の協力インセンティブが現代社会では成立しにくくなってきた」、という指摘を阻害要因の章では行った。
 従来の日本企業コミュニティの特徴である長期的利得構造においては、協力をしないと損をしてしまう。例えば、「あの人は『協力してくれない協調性のない人』」というレッテルがつけば、出世に響く。下手にクビになってしまったら、せっかく安い値段で住まわせてもらっている社宅や借り上げ住宅を失ってしまう。であれば、全体として協力したほうが得であるという判断が働く。
 しかし、90年代以降、会社が保証する「長期に対する信頼の喪失」と、「人材流動の普通化」が進んだ。その結果、社員は「この会社にいて損をするくらいなら出て行く」という選択行動を普通にとるようになった。
 そもそも協力とは、人と人との間で何らかの交換が行われる現象である。つまり、AがBに協力するのは、Bに協力をすることでAに何らかのメリットを享受できるからだ。この交換メリットを長期レンジで会社が保証してきたのが、従来の日本企業である。
 しかし、そこが崩れたのである。
 ゆえに、損得「勘定」に働きかけるだけでは、協力行動の自発性や持続性を引き出すことは難しい。もっと人間の内発的・根源的「感情」に訴えかけるようなところにインセンティブのあり方を見出さなければならない。
 その内発的・根源的感情とは、何か。それは「喜び」であると筆者は考える。つまり、協力をすると、「喜び」という内発的・根源的感情のご褒美を享受できることが、能動的な協力行動を引き出すカギとなると考えるのである。

2. 効力感という喜び
 自分が行ったことに対して、手ごたえを感じると人は嬉しいものである。これを「効力感」と呼ぶ。もう少し丁寧な定義をすると、効力感とは、「自分の行いが、他者および環境(以下他者等)に対して何らかの影響を与えることができる」という実感だ。
 自分の行為に対して効力感を得て喜びを享受できた人間は、自分の行為に自信を持ち、さらに能動的に他者等に対して働きかけていくようになる。
 例えば自分が協力という行いをなし、その結果他者等が望ましい結果を得ることができた、と確認できれば、協力という行為に自信を持ち、より協力に能動的になる。つまり協力という行為を楽しめるようになる、ということだ。

3. 応答・反応の重要性
 では、その自分の行いに対する「よしこれでいいんだ」といった、行為の確認作業には何が必要なのだろうか。
 このことは、心理学的な説明がされていることなので、少しご紹介する。
 記憶にある方も多いと思うが、赤ん坊が泣きやまないとき、30年以上前の親たちはどういう対応の仕方を「正しい方法論」として認識していただろうか。
 それは、「抱き癖がつくから、泣き叫んでいるからといってすぐに抱いてはだめだ」であった。これが当時の常識だった。
 しかし、乳幼児心理の研究が進むにつれ、これは誤った方法論という指摘がされるようになった。そして、そのような状態を繰り返していたら、子供の発達に将来望ましくない影響が出るとまで言われている。
 逆に、様々な研究者たちの実験結果によって、赤ん坊が泣いている場合、すぐにそれに応えてあげたほうが、かえって泣くことが少なくなったり、運動能力や意欲面での発達が促されたりすることがわかってきた。
 つまり、自分の行為に対して、きちんと応答・反応(以下応答反応)があることが、効力感にとって大切であり、その効力感が動機づけとなって工夫や発達等の「良い連鎖」を生み出すのである。
 日常生活を考えてみれば、このことは至極素直に思い当たることである。
 例えば、「おはよう」と挨拶をして、相手も同じような元気な声で「おはよう」と毎日返事をしてくれれば、こちらもきちんと毎日挨拶を続けようという気分になる。
 しかし、相手が挨拶を返してくれなかったり、あるいは面倒くさそうにぼそぼそっとした声で挨拶を返されたりすることが続いたら、こちらから挨拶する気は失ってしまう。

4. 感謝と認知
 では、協力という行為において、効力感のカギとなる応答反応はどのようなものか。
 実は、そのヒントはインターネットの世界にある。
 それなりに仕事はこなすが、イキイキとのめり込むように働いているわけでもない人が、家に帰ってネットに向かうと、何時間も夢中になって、ブログや掲示板、あるいはSNSに自分の考えやアイデア、意見を書き込んだりしている人たちがいる。
 そうした人々の動きの中からリナックス(パソコンのOS)やウィキペディア(百科事典)のようなものまでができあがってしまうこともある。
 強いリーダーがいるわけではないし、報酬というインセンティブがそこにあるわけでもない。それなのに、人々が、会社の仕事以上に夢中になって、そこにアイデアや意見を書き込んで、自分が携わっているそのサイトをより良くしていこうとしたり、使い方やどれを買ったらいいのかがわからなくて悩んでいる人に助け舟を出そうしたりする。無償なのに、なぜ、これほどまでに協力的になれるのか。
 それは、人々のそのような行為に対して、ネットの世界では「感謝」や「認知」という応答反応が溢れているからである。

5. 感謝がもたらす喜び感情
 「感謝」とは文字通り「ありがとう」という応答のことだ。
 何かで悩んでいる人、アイデアを欲しがっている人がいる。その悩み等をネットに書き込む。それを見た人がアドバイスをしたり、新しいアイデアを提供したりする。すると、「ありがとう、助かりました」という反応が返ってくる。それを見ていた周囲の人たちも、そのような反応に惹かれて、進んで「貴重なお節介」をするようになる。しかもネットは、その反応が速い。効力感を瞬時、瞬時で得ることができる。その効力感に魅せられて、はまっていく。
 何かしてもらったら、「ありがとう」と言うのは当たり前だろう、という人もいるであろう。しかし、ご自分の会社を見てほしい。ありがとうという言葉が普通に飛び交っているだろうか。面倒を見てくれている先輩社員に、後輩君たちは、きちんと、ありがとうと言っているだろうか。所用を引き受けてくれた部下に、上司は、きちんと、ありがとうと言っているだろうか。
 何かしてあげても、それが当たり前のような扱いを受ける。あるいは、気になることがあったので、隣のセクションの人にそれを伝えたら、余計なお節介と言われる。
 これでは、協力という行為に対して、効力感ではなく無力感を感じてしまう。こんな状況が続いたら、協力をするのが嫌になるのが人の感情というものであろう。
 しかし、家に帰ってネットに向かえば、自分の行為に対して「ありがとう」という感謝の反応をもらうことができる。
 会社で非協力的な人は、初めから非協力的なのではない。効力感を得ることができないから非協力的になっていくのである。

6. 認知がもたらす喜び感情
 「認知」とは文字通り、「他人を認める」という応答のことだ。平たく言えば、「この人すごいよ」と言ってもらえることである。
 ネットの世界では、感謝だけでなく、認知の享受機会も溢れている。つまり、「ありがとう」という応答にとどまらず、「すごい!(そんな方法もあったんだ……等)」という応答もたびたびある。そのうちに、「このことだったら、この人に聞け」みたいなエキスパート的な扱いを受けることもある。
 「すごい」って言ってもらうと、自分の存在が本当に認めてもらった感じがして、人は大いなる喜びを得る。
 人は多様である。いろいろな良いところを持っている。その良いところを認めてもらって嬉しくないはずがない。
 しかし、会社の中では、なかなか認知される機会がない。それは、会社の中の評価軸が「一軸」に収斂されてきているからだ。その一軸とは、多くの会社で「業績」である。業績を上げた人は偉い、そうでない人はそうでもない、という認知環境になっている会社が多いのではないだろうか。
 会社だけでなく、会社に入る過程までの時間においても認知機会が不足している。
 運動会で一等、二等といった序列をつけない。
 学校の成績も評価を曖昧にして、みんなが○をもらえるようにする。
 人は多様であるのに、自分が認知される居所がわからないまま成人へと向かう。

 これとは全く逆の動きもあるが、そこにあるのは、会社と同じく、評価の一軸化だ。勉強の成績が良い子供が偉い。そうでない子供はそうでもない、という認知環境である。評価の一軸化は、多様な認知機会を奪う。
 このような環境が社会全体のインフラ化してきている。したがって、認知に対する飢えが、あらゆる世代に蔓延していると言っても過言ではない。社会的動物である「人」が、自分が何ものであるのか、自分の存在意義が何であるのかを、ついぞ見出すことができないまま老人になる負のインフラを、現代現実社会は整備してしまっている。
 しかし、このことは、逆に言うと、認知は現代現実社会において、かつてないほど大きな効力感を人々に与える力を持っていることになる。

 以上のことから、人々の能動的協力行為を引き出すためには、金銭インセンティブにカギがあるのではなく、協力行為に対する感謝風土・認知風土の醸成にカギがあると考える。
 それは、先にも述べた通り、会社よりもネットのほうが楽しいと感じ、無償なのに、自分の睡眠時間を割いてまで協力行為をする人々の姿が証明していると考える。

7. 感謝風土・認知風土の醸成に挑戦する企業たち
 風土を醸成するためには、「感謝しろ」、「認知しろ」とお題目を唱えているだけでは、なかなか進まない。やはり、何がしかの仕掛けや仕組みを企業運営のあちこちに用意しておくことが必要となる。
 例えば、マリオットが運営するホテルの中には、ホスピタリティー・ゴールド・スター・プログラムという仕組みを持つホテルがあるという。毎週、無作為に選ばれた顧客から、滞在期間中のベストホテルマンを教えてもらい、そのホテルマンを表彰する。
 これだけだと、よくある「目立つ仕事をしている人だけが、会社から感謝され、認められる」制度で終わる。
 しかし、このプログラムでは、そのホテルマンが、自分がいい仕事をする上で、欠かせない協力をしてくれた裏方の社員を3名選出し、その社員も次の週に、同じように表彰されるというところに特徴がある。
 つまり、このホテルでは、目立つ仕事をしている人だけではなく、いろいろな仕事をしている人が、いろいろな人から感謝と認知の喜びを享受する機会を整えているのである。
 北九州を中心に美容室チェーンを展開するバグジーという会社がある。ここでも、様々な、感謝・認知の機会を工夫して、実行をしている。
 しかし、最も大切にしていることは、常日頃から「感謝」の言葉が、現場で飛び交うことである。例えば、先輩が何かを教えてくれたら、ありがとうという言葉が後輩から素直に出るような現場である。
 そこで、バグジーでは、性善説に立ち、人がもともと持っている「感じる力」を目覚めさせるような仕掛けを、あれやこれやの手を使って運営している。
 例えば、入社式。この式中に、用意されているのは、新入社員の「親からの手紙」である。一人ずつに、その「親からの手紙」が読み上げられる。(株)ブロックス社から出ているバグジーのビデオを見ると、手紙を読み上げられた新入社員はボロボロと泣いている。ここまで育ててくれた親に対する感謝の感情がとめどもなくわきあがってきて、もう抑えきれなくなった瞬間だ。
 あるいは、店舗で、社長が持ってきた「いい話」の朗読会が開かれることもある。その話の中に隠された美しい愛情や悲しみに触れ、朗読中、いつしか、読み手の社員がボロボロと涙を流しだすこともある。ビデオの中で社長は言う、「泣ける社員ほど、いい仕事をする。お客さんが離れなくなる」と。
 このようにして「感じる力」を目覚めさせた社員は、自然と周囲に感謝し、他人の良いところを素直に認められるようになっていく。

 ワトソンワイアット社にも、社員の協力関係が課題になり、感謝・認知風土の醸成のための依頼がある。そうした風土醸成のきっかけ作りの研修を行っていて、わかったことがある。それは、誰も本当は、他人に協力したくないわけではないということだ。いやむしろ、本当は、協力を本当はしてあげたいと思っているし、そのような行動が十分にとれていない今の自分が望ましい状態とは言えない、と心の中では感じている、ということだ。
 こうした社員に対して、きっかけを作り、一歩踏み込んでいけば、きっと会社は「協力ある組織」へと変わっていくことができると信じる。

 本稿ではインセンティブに限定して議論をしたが、評判情報の流通や組織構造面の課題も大きい。別な機会に、その論を展開させていただければ幸いである。

トップへ戻る ▲

●永田稔 ながたみのる/松下電器産業、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経てワトソンワイアット株式会社に入社。ビジネスモデル、組織モデル、人材マネジメントモデルを一体としたコンサルティングに従事。一橋大学社会学部卒、カリフォルニア大学ロサンゼルス校にてMBAを取得。

●高橋克徳 たかはしかつのり/野村総合研究所を経て、ワトソンワイアット株式会社入社。人材活力の再生を目指し、戦略構築、組織改革、人材マネジメント革新に関するコンサルティングに一貫して従事。特に、「関係性のマネジメント」をテーマに、主体的なコミットメントを引き出すための経営機構改革、コミュニケーション改革、自律創造型組織への変革支援などに注力している。一橋大学大学院商学研究科修士課程、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了。多摩大学非常勤講師。(現アルムナイ)

●河合太介 かわいだいすけ/金融系シンクタンクを経てワトソンワイアット株式会社入社。チェンジマネジメントの視点からの新しい組織・人材マネジメントの仕組み開発・導入を大手企業からベンチャー企業まで幅広い分野で行う。著書『よくわかる成果主義』(日本実業出版社)、『成果主義人事制度事例集』(共著、日経連出版部)、『これから10年給料はどうなる』(共著、日本能率協会マネジメントセンター)ほか。論説に、『日経産業新聞』「深慮実践」「育ちのヒント」に連載など多数。慶応MCC(丸の内シティーキャンパス)で講師を務めるほか、ISL(Institute of Strategic Leadership:NPO法人)パートナー、グルメコラム連載等社外での活動も幅広く行っている。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。(現アルムナイ)

Click here to read the privacy policy / terms of use for Watson Wyatt

Watson Wyatt Worldwide

Copyright(c) 2007 Watson Wyatt Worldwide. All rights reserved.