行政におけるヒト資本開発力の抜本的向上
システム・アプローチのすすめ
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杉浦 恵志
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前回の拙稿(※)で、私は人事評価を登用に結びつける必要性について主張した。今回検討する諸制度でも、効果的に機能させようとすると、人事制度の他の部分との連携が非常に重要になってくる。各制度を有効に機能させるツボは、個別の制度の中にではなく、他の制度の中に、あるいは制度間のつなぎ目にあるのかもしれない。
そこで、本稿では、価値を生み出す「ヒト資本」の開発力を根本から再生するために、人事制度や組織運営をもっとトータルに見ていきたい。組織人事マネジメントをシステムととらえ、組織のあるべき姿の実現に向けて、制度と制度、改革と改革の整合性をとっていくアプローチである。
本稿では、このような手法を「システム・アプローチ」と呼ぶ。採用・評価・登用に関する制度改革を説明する中で、組織横断的な経営視点を感じていただければ、本稿の目的を達したと言えよう。
採用のツボ
採用した職員は、通常およそ35年間にわたって雇用し続けることを前提にしている。平均年収を600万円として、1人の採用は2億円を超える投資になるということだ。もちろん、すべての職員が戦力になるように育成の努力をするわけであるが、石ころを磨いてもダイヤモンドにはならない。こう考えると、採用の重要性は容易に理解することができ、多数の応募者の中から優秀な人材を慎重に絞り込む必要がある。
現在の採用方法は、主に新卒者を対象として公務員試験を行い、知識や文章表現、問題解決、学習する力を測定するものである。プラス面談を通して、主観的ではあるが、熱意やアピールする力も把握しようとしている。それ以外の能力、例えば判断力や責任感、協調性などを限られた時間内に評価することは困難であり、入庁後に開発すればよいと考えられているようだ。
試験による選抜の特徴として、題意の明確な問題が出題されるため、それらを予想して事前に対策を立てることができる。そうすると、たくさんの知識を暗記したり、練習問題を繰り返し解いたりした学生が有利になることは否定できない。官民の人事交流を進めるべく受験の年齢制限を撤廃しても、仕事で長らく使わなかった知識や参考書的な解き方を勉強し直すのは大変な労苦を伴う。
ところが、試験の得意な人間が、関係者や市民から情報を集めて自分で課題を設定する、八方塞がりの状況で創造的な提案をする、主義主張の異なる人物を根気よく説得するなどの力を持っているとは限らない。この点については、過去の経験を語ってもらい、その中で適切な課題設定や困難の粘り強い克服、追い詰められた状況での創造性の発揮といった行動が確認できれば、入庁後の仕事に応用できる可能性が高いと判断できる。経験の内容は、業務でなくても構わない。また、様々な利害関係者を説得し巻き込む力は、時間が許せば模擬会議を行ってある程度見極めることができる。
最も深刻な問題は、上記のような主体性を持った人材が公務員の道を目指さなくなっていることである。行政の職場はルールに縛られて本来の目的が果たせないとか、公務員は漫然と仕事をしていても職が保障されているなど、最近ではどうしても否定的なイメージが付きまとう。世の中の役に立つ挑戦的な仕事を求めている人は、NPOや民間企業で社会的責任を果たすほうが魅力的に見えて、残念ながらそちらに流れる傾向がある。魅力的な広報で優秀な人材を集めても、入庁後の落差が大きければ辞めてしまう。
すなわち、採用プロセスだけでなく、行政機関の組織風土や現役公務員自身の価値観・仕事ぶりにまで、応募者のレベルを下げる要因が組み込まれているのである。採用方法の小手先の改善では、このような事態を改善することは非常に難しい。
優秀な人材を採用するツボは、先輩職員が行政でしかできない、本当にやりがいのある仕事を追究し、関係者からの感謝や民間への波及効果、あるいは仕事の大変さなどあらゆる側面から、仕事の実態を正確に伝えることである。「○○省」や「○○市役所」で働きたいというファンを増やせばいいのだ。
最大の採用改革は、実は業務改革であり、行政経営の戦略転換なのである。その結果、安定志向の人間が公務員志望を回避して、応募者の数は減少するかもしれないが、質は確実に改善する。人事当局は、応募書類や面接による選考に以前ほど手間をかけずに、優秀な人材を採用することができる。
評価のツボ
評価については、勤務評定の内容をより具体的な行動に書き直す動きが自治体を中心に広がっており、国でも職務行動評価が試行的に実施されている。評価項目は管理職と非管理職の間で異なっており、管理職に対してはマネジメントや的確な判断、部下の育成を、非管理職には職務遂行に必要な基本的な行動を求めている。専門職に対しては、その仕事に特有の状況を反映した基準が用いられる。内容を具体的に記述するのは、基準となる行動を目標に真似することによる学習効果や人材育成効果を期待している。
しかし、同じ行政職の中で、取り組む仕事の内容によって評価基準を変えることはあまりない。ローテーションで性質の異なる職場を行ったり来たりするから、異動後に別の基準で評価されたら違和感を覚えるかもしれない。だが実際には、職務の内容が定型的で、法令で詳細に定められた手続きを遵守しなければならない職場がある一方で、法令が最低限の枠組みしか与えておらず、状況の変化に応じ仕事の方向性や進め方を考えなければならない仕事もある。
上記の具体的な行動基準は、前者の職場では明確に定義することができるが、後者の職場の場合には定義が狭くなり該当しない可能性が高まる。むしろ一緒に働いた仲間から、政策立案・実現のプロフェッショナルとして認められるかどうかが重要ではないか。適切な評価基準を使わないと、現場の実態に合わず職員がモチベーションを失ったり、手間ばかりかかって意味がないと看破され、真剣に取り組んでもらえなかったりする。
職場によって評価基準を変えたほうがよいのか、組織としてある程度統一したほうがよいのか。この問題も、採用の議論と同じように、人事評価という殻の中に閉じこもっていては解くことができない。要は、これからの行政に求められる事業内容や仕事の進め方と一体的に考えていかなければならない。
例えば、定型的な仕事の中には、規制緩和によって仕事がなくなったり内容が変化しつつあるものがある。民間のイニシアティブに制限をかけるのではなく、どうしたら規制をクリアすることができるのか、コンサルティングを提供する職場も出てきた。
昨今は専門職の育成に力を入れるところが多いが、市場化ルールが適用されると、より専門性の高い民間企業やNPOと競争しなければならなくなる。その場合、行政固有の付加価値として残るのは、むしろ総合的な視野と現場視点の企画力、多様な利害のマネジメントなどである。ある自治体では、環境美化の職員がゴミの出し方から市民生活を把握して政策課題を設定するなど、すべての職員に政策立案に関わってもらうような体制を作ろうとしている。
優秀な人材を育てる評価のツボは、長い目で行政や行政マンにしかできない役割を見極めることである。そして、将来の仕事の進め方を具体的にイメージし、そこへ至るキャリアパスを職員に浸透させた上で、信念を持って一貫した評価を実施すべきである。最重要課題が、現時点の職務で模範となる行動を列挙して、短期間で専門人材を促成栽培することではないことを、肝に銘じてほしい。
登用のツボ
登用については、過去に拙稿で「評価によって優秀と判定された人材を、重要かつ困難な業務を担当するポストに配置すべき」という提言を行ったが、これに関連して少し敷衍しておきたい。最近公務員の方々と議論をしていて、「できるだけ多くの職員が『まだ目がある』というモチベーションを持てるように、昇進スピードにはギリギリまで差をつけたくない」というお話をうかがうことが何度もあった。
もしそうだとすると、役職や等級が人並みに上がらなければ、仕事に打ち込めなくても仕方がない。言うなれば、職員がサボタージュをちらつかせて、より良い処遇を手に入れることになる。また、当該ポストに期待される水準の成果を出すのではなく、本人の力量でやれるところまで頑張って、「それでよし」とするようになってしまうかもしれない。やる気や頑張りはいい仕事をする一つの必要条件にすぎないのであって、十分条件ではない。このように、ポストが「衛生要因」として使われると、国民や市民は不幸になる。
本稿ではもう一つ、別の観点から登用の問題を扱ってみたい。それは、行政組織に「経営人材」は必要か、もし必要だとしたら管理職育成の延長線上で大丈夫かということである。「行政経営」という言葉が登場して久しいが、本来方向性を示しリーダーシップを発揮するのは政治家の役割であり、行政マンにはその方向性に沿って事業を効率的に実施するマネジメント能力が求められている。しかし、現状では、政治がなかなか方向性を示さない、あるいは行政の内容が複雑多岐になりすぎて示せないでいる。
したがって、局長・部長クラス以上には、経営人材になることが求められている。具体的には、全庁的な変革の方向性を取りまとめて政治家を巻き込み、彼らの後押しを受けてヒト・カネ・モノ基盤を整備し、将来重要になる分野にリソースを重点配分したり、現在不足するリソースを開発することが役割になる。けれども、キャリアのほとんどを決められた方向性の中で状況への対応や多様な組織を管理してきたマネジャー人材の管理職に、以上のような役割を果たすことができるだろうか。
この問題は、行政経営を推進する上で避けて通れないはずだが、まだほとんどの行政機関で手つかずになっている。登用の問題を任用担当者の専管事項と考える限り、「経営人材」の発想は出るはずもない。また、本稿の執筆時点では、いわゆる「人材バンク」が報道をにぎわしている。これも、優秀な若手職員に早期昇任の道を開くものではあるが、不思議なことに誰が登用されるのかについては全く議論がされていない。
登用のツボは、経営人材の必要性・重要性を認識し、現在の任用プロセスで育成することができるかどうかを検討することである。経営人材の必要性が認識されて初めて、候補者の選抜方法や試練の場の与え方など育成方法の議論が始まり、研修担当や評価担当、政治家や現場との連携が模索されていくものと思われる。
システム・アプローチのすすめ
以上、採用・評価・登用を取り上げ、人事制度改革を人事部門の各担当者レベルで検討することがいかに不十分であるか、場合によってはいかに見当違いであるかを論じた。組織変革は人体のツボと同じで、変革レバーが変革の対象となる分野にあるとは限らない。逆に言えば、全体を見渡して、最も効果のありそうなツボから押さえていく「システム・アプローチ」が不可欠である。
この点は、本稿で取り上げなかった教育研修や組織運営、外部社会との関連性などについても同じである。教育研修を単独で変えると、優れた内容を提供しようということに意識が集中するが、誰のために何のために研修をするのか、受講者は本当に学習内容を職場で活かすことができるのかといった視点が疎かになりがちだ。組織運営を円滑に進めるために、上司と部下のコミュニケーションの活性化を図る一方で、世の中の組織は会議で窒息している。外部社会との関連性も、行政の決定事項を外部に遂行してもらうのでなく、方向性の決定段階から外部が参画する必要性が高まっている。
人事部門がシステム・アプローチを採用するには、登用のところで述べたように、部門長が人事の専門家ではなく、「経営人材」を先取りしている必要がある。個別の変革に着手する前に、他の幹部と集まって組織の将来像を描き、部門横断的な検討を開始する。そして、どの改革とどの改革がどのように絡み合っていて、どれがどれの前提条件あるいは補強材料になっているのかを見極め、将来像に至るロードマップを描くことが重要だ。
ロードマップ作成にあたって留意すべきは、@将来像が身勝手なものではなく、状況の変化や関係者の期待を反映したものであること、A行政の役割の将来像を実現するために、どのような人材がどのくらい必要となるのか、具体的に見極めること、B人材像を転換するには、新卒・中途採用による新陳代謝や育成・教育、配属・異動など様々な手法があるが、転換の必要な人数や変革を完了するまでの時間的な余裕によって最適な手法を組み合わせること、以上である。要するに、現在と将来の人材ポートフォリオを明らかにし、そのギャップを最も効果的・効率的に埋めることが、人事部門の機能として求められているのである。
(※)vol.39「行政における多様性マネジメント」
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●杉浦恵志 すぎうらけいし/英国サセックス大学科学技術政策研究所にて科学技術政策およびR&Dマネジメントを学び、94年博士号を取得。その後、国際開発センターで途上国への技術移転を、富士通総研でアジア経済や電子商取引の分析を担当。ワトソンワイアット株式会社入社後は、パブリックセクターにおける実力実績評価制度の導入や、外資が資本参加した日本企業における人事制度のハーモナイゼーションなどに従事。東京大学法学部卒。(現アルムナイ)
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