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ヒト資本重視の中での年金設計
公的年金と私的年金の役割の再定義
 

 

福田 浩一

1. はじめに

 経営環境変化の激化・短期化、また、その変化の不透明感が今まで以上に大きくなる傾向にある中で、企業年金制度はどうなっていくのだろうか。そもそも企業年金制度は、その企業で長期にわたって貢献した従業員の老後の所得を確保・保障するものとして構想されている。そこには暗に、一つの企業で一つのこと(あるいは複数の業務)に打ち込んだ人材への報償的な意味が含意されているのだろう。ところが、産業構造の急速な変貌とそれに伴う企業の事業戦略の変化により、企業の求める人材が変化し、一方で、従業員に求められるスキルの高度化等から、企業の成功要因にとってヒトに関わる事柄がこれまで以上に重要になってきている。多くの者が一つの企業ですべての企業人生を全うするという、これまでの企業観を変えなければならない環境になってきている。ヒト資産重視となればなるほど、個々のヒトを中心に据えた制度・施策が必要になってくるはずである。ここでは、ヒトが自らの能力・スキルを最大に発揮する場を求め、流動化していく中で、これまでヒトの流動化のないことを前提とした年金という制度をどうとらえ、変えていくべきか考えてみたい。

 年金制度は1人の従業員で考えてみても、10歳代後半あるいは20歳代の入社から引退後の死亡まで、60年あるいは80年という、予測不能な期間をカバーする制度である。ところが、企業のグローバル化に伴う競争環境の激変から、企業の戦略の変更とともに、その求める人材像が年々変化してくる、ということが起こってきた。M&Aを通じて業務範囲を広げる企業、コア・ビジネスに特化して生き残りを賭ける企業、これまでに培ってきた基礎的な技術を活かして新しいビジネスへと展開を図る企業等々、従業員にとっても先の読めない状況となってきた。そうした中、自らのキャリアを広げる、現在持っているスキル・ノウハウをさらに極める、企業のリストラクチャリングから止むを得ず転身を図る等々、従業員の1社への終身就職・雇用からの転換が必要になってきた。一方では、公的年金制度の改革が喫緊の課題として認識されながら、公的年金制度に対する信頼度が低下し、財源問題、世代間の不公平感、ひいては意識的な保険料未納という事態にまで立ち至っている。
 ここでは、この環境変化で企業年金・退職金はどのような役割を担うべきなのか、これまでの法制自体が時代遅れとなっているのではないか、という問題意識もあり、公的年金と私的年金の役割分担といった点も含めて、制度面から一つの考え方を提示してみたい。もちろん、国民全体に及ぶ利害得失、国の財政問題と論点が複雑に絡むため、たった一つの理想的な解などないのかもしれない。しかし、今まであまり考えられていない視点を一つ提示できるのであれば、と考えている。

2. 受給権付与について

 欧米では、一般的に、年金という長期の勤続に対する給付について、これまでの勤続期間の労働の対価として、過去の勤務に対する既得権(受給権:Vesting Rights)という形で権利付与し、不没収規定(Non-forfeiture rules)が適用される。一方、日本の労働法制上は退職給付に対して、「功労報償説」「生活保障説」「労務管理説」「賃金後払い説」等、各論説が展開され、過去の勤務に対する権利付与というものが明確には確立されていない(もっとも、退職給付会計では明確に退職給付は賃金後払いと定義づけ、それに基づく会計処理を求めているが)。例えば、退職金債権はいつ成立するかという議論でも、退職を停止条件ないし不確定期限として発生するもので、退職前には退職金に対して単なる期待権があるにすぎないとする「発生条件説」ないし「退職時成立説」、一方で、労働契約の存続中にすでに発生しており、退職は、その履行期に付せられた不確定期限であるとする「履行期説」ないし「毎年成立説」がある。判例等では前者の「退職時成立説」が採られ、退職という事象の発生をもって権利が確定する、という立場である。ただし、民法上は第128条の(条件の成否未定の間における相手方の利益の侵害の禁止)「条件付法律行為の各当事者は、条件の成否が未定である間は、条件が成就した場合にその法律行為から生ずべき相手方の利益を害することができない」とあり、期待権といってもそこは保護される、という法制があるから、また、複雑である。現在までの議論の結果、昭和43年の秋北バス事件最高裁判決において「就業規則の不利益変更は、原則として許されないが、合理的なものであれば個々の労働者を拘束する」とされ、また、平成2年の第四銀行事件最高裁判決による合理性の有無の判断では、@不利益変更により労働者が被る不利益の程度、A使用者側の変更の必要性の内容・程度、B変更後の就業規則の内容自体の相当性、C代替的措置その他関連する他の労働条件の改善状況、D労働組合等との交渉の経緯、E他の労働組合又は他の従業員の対応、F同種事項に関するわが国社会における一般的状況、という7要件を総合的に考慮して判断すべきもの、という形で整理されている(※1)

 日本の退職金給付制度は、給付減額が認められる一方で、将来の勤続に対する給付の期待権をも保護する、という複雑、あるいは理解を困難にする制度ともなる。実際、筆者などが外資系企業で退職金制度の改訂に関わると、このあたりのそもそもの考え方の違いによる親会社と日本法人間の認識ギャップから論点が定まらず、プロジェクト自体が暗礁に乗り上げてしまうという経験もあった。最近の裁判事例でも、制度改革の一環として、すでに年金の受給を開始している年金受給者の年金額の減額が行われ、これに対して減額された受給者から提訴され、あるケースでは減額が正当であったと判断され、また、別のケースでは減額は不当であったと判断されている。あるいは、当局が減額の申請に対して、減額の要件を満たさなかったと申請自体を却下し、それに対して企業が行政訴訟を起こす、などといったケースもある。ここにも日本経済の環境変化というものが色濃く反映され、企業による年金という長期の制度へのコミットメントの難しさが現れているように思われる。

3. 企業年金・退職金制度の役割

 そこでまず、企業年金・退職金制度であるが、これまで歴史的には企業財務の要請から、あるいは人材確保のため、という意味合いもあったが、どちらかと言えば、企業がある面パターナリズム的な立場で、企業に貢献している従業員のため、あるいはその家族を含めて護るためにと、企業側の視線で設計されてきた。現役の従業員の意識としても、制度の理解を深めることなしに、なんとなく、定年退職後は会社が用意している退職一時金や年金を厚生年金に上乗せして老後生活が可能だろう、という漠然としたイメージでの理解ではなかったか。実際、若い間は、これまで引退した先輩の様子を見ながら、「まあ、なんとかなるだろう」程度の意識ではなかったか。ところが、国も企業もすべての従業員に、その退職後所得保障、それも長期にわたって納得できる水準の年金を提供するということが極めて困難な状況となってきた。実際、経団連が毎年実施している「福利厚生費調査」というものがあるが、現金給与総額に対する法定福利費、法定外福利費、退職金の比率の1960年以降推移を見ると、退職金のウェイトがいかに大きくなってきたかがわかる(表1・表2)。実際の退職給付改訂のプロジェクトに関わって、人事担当者に「御社の従業員は退職年金・一時金制度を理解していますか」と問うと、ほぼ、すべての会社で「理解していないだろう」という回答が返ってくる。加えて、「だから、例えば、給付の引き下げを行う改訂を考えているが、その際、当然に、現行の制度を説明する必要があるわけで、それを理解したとき、今まで現行制度を理解せず、評価・感謝もしていなかったのに、給付引き下げと持ち出したとき、初めて退職金・年金の存在の大きさと重要性を認識し、かつ、変更に反対してくる恐れがある」ということを言われることがある。経営側としては、その重要性を認識するとともに、従業員側も内容の理解とともに、税制や制度の役割についても自らの権利として認識する必要があるだろう。

表1/福利厚生費の推移

表2/対現金給与総額比率

 環境変化の観点で見たときの大きな変化は、従業員も一つの企業に全面的に依存して人生設計することができ難くなっている、ということかと思う。そこで、検討するにあたってのキーワードが「ポータビリティ」と筆者は考える。前号の「多様化」特集号でも、確定拠出年金(DC)制度を中心に幾分か論じ検討したが、ここでは、さらに深く議論をしたいと思う。もう一つのキーワードは「税制」だと考える。年金制度というのは、「優れて税制だ」と筆者は考える。適格年金制度も厚生年金基金制度も新しいDC制度も、税制上のメリットがあって初めて発展できた制度であり、税制上のメリットを考えなければ、制度設計に関する法的制約も少なく、遥かに自在性を持たせた制度を設計することができるし、適格年金制度やDC制度の法的枠組みがない時代でも、制度は作ることはできたはずである。しかし、適格年金制度発足前には、先進的な企業が自社年金や福祉年金といった名称で運営しただけである。DC制度も然りで、税制上のメリットが付与されて初めて発展したものである。税制上のメリットを付与することで多くの企業が適格年金や厚生年金基金を設立してきた歴史がある。

 ポータビリティであるが、2005年の年金法制改革から確定給付企業年金制度(DB)間のポータビリティの枠組みが出来上がった。まだ、活用事例は限定されているようであるが、労働市場の深化と人材の流動化が進めば、企業がDBのポータビリティを今以上に真剣に検討すべき内容を含んだ制度であると考える。もともと、1990年代後半から盛り上がったDC導入の背景として、DBはポータビリティがない、という論点があり、今回のDBのポータビリティにおける一時金レベルでの給付の持ち歩きという発想は、引退後に向けた資産形成の面では極めて優れた考え方である。DBのDC移行は究極の制度設計と言われたこともあるが、DB間での一時金持ち歩きという発想は、この概念を覆し、DCからDBへの移行という可能性も開いたといえる。いろいろな企業を渡り歩いた人材が最終的にどのような年金のオプションを提示されるかによって、それぞれのパーツを組み合わせ、最終的には、自らの人生設計に最もフィットした年金オプションを提示した企業を選択する、というようなことが起こるのかもしれない。企業にとっては、そんな企業人生の後期の人材は必要ない、ということはあるかもしれないが、トップマネジメントレベルの人材の流動化が起これば、そのようなニーズが発生する可能性もある。

4. 公的年金と企業年金の役割分担

 ところで、筆者の考えるポータビリティというのは、実は、このような企業年金の枠組みではなく、年金支払いという場面では、最終的には、国が年金保障をするという枠組みを考えている。公的年金の財政破綻への懸念が喧しいが、それは宿命的な課題である人口減少と高齢化という問題に対して賦課方式あるいは修正積み立て方式が対応不能であるということから起こっている。2004年の年金法改正において、必要な給付から掛け金を導き出す従前の財政方式から制度を構想するのではなく、拠出可能な掛け金から給付を逆算するという発想に切り替えたことともリンクすることである。事前積み立ての財政方式を持った公的年金制度が困難である、ということはこれまでの歴史的背景からも理解できるし、少子化がコントロール困難あるいは不可能ということもおそらく確かなことであろう。そのため、少ない現役層が多数の引退層の面倒を見るという公的年金の財政方式に無理が生じている。しかし、これからまさに年金の受給を開始するときに、年金財政上適正な資産を持参した受給権者を国として保障するということは可能である。前回に記述したスウェーデンのNDCも発想は同じで、開始時点での仮想資産を年金数理的に同等価値の給付を年金化して支払うということである。ただ、年金開始までの期間の積み立てまで国が責任を持つ制度として提供しているものであり、ここで提示する案は年金支給開始前の積み立て段階で民間の活力を活かそうという発想である。すなわち、年金資産のファイナンスは個々のヒトが現役期間中に自らのニーズに応じて企業と個人が責任を持つ、あるいは、現役期間中については、給与と同様に自己の価値観とキャリア・イメージに合わせて自己の責任で自らの年金を設計・形成していく、という言い方もできるかもしれない。引退後の年金給付は、長期生存という予期不能なリスクのマネジメントを、公的な保険制度として運営しようというものである。

 ここで問題になるのが、働き方の多様化という中で、必ずしも企業という枠組みにとらわれない働き方があることである。自ら起業するもの、NPO/NGO等に活躍の場を求めるもの、等々、企業年金という枠組みではカバーされない働き方の人材をどうするか、という問題である。これらの人たちにどのように対応するか、ここでは米国のIRA(個人退職勘定)(※2)という制度が参考になる。ここにきて、年金制度が優れて税制だということが現れてくる。IRAというのは個人が自らの退職に備えて、税制上の要件を満たした上、非課税(所得控除を付与)で一定額まで投入できる個人の勘定である。401(k)のロールオーバーの受け皿としても活用されている。国が公的な社会保障という枠組みの中で全国民の老後保障を十全に行うことができないとすると、その代替として税制上のメリットを付与して国民の意識を高め、個々の自助努力へインセンティブを与えるのが、好ましい政策と考える。実際、米国では12.4%という水準に抑え、所得再配分を意識した給付とする一方で、401(k)などの非課税限度額を拡大するなどの施策を実施している。すなわち、社会保障制度と税制の整合的・一体的な政策・運営管理が必要で、不可分の制度とも言える。積み立てや給付段階で、税制上の優遇措置を盛り込もうとすると、クロヨンやトーゴーサンといわれる各個人の所得把握の不透明な状況は、解決すべき喫緊の課題とも言える。米国の社会保障番号が税制とも関連づけて運営されているのは、大いに参考となるであろう。

 いま一つ問題となるのは、退職時までの積み立てを民間に移行して、企業にあるいは個々人の裁量に任せ、その積み立てられた原資をもって、退職後の給付に国が関与するという制度が富裕層優遇ではないかという、社会保障思想の根源的な問題である。すなわち、現役時代に積み立てをできる十分な所得のあるものがより大きな年金を確保できることに対する懸念である。基本的に、持ち込み資産はNDCの年金化と同様に年金数理的な算定に基づき年金額が決定することになり、公的年金制度の年金と相似形の年金と考え、終身年金あるいは連生終身年金を想定している。受給者間の有利不利という意味では中立で、国がどこまで国の役割として国民に対してサービスを提供すべきか、という視点で検討する課題と考える。ここでは、死亡という、あるいは年金の視線で見れば生存というリスクに対応するためには、保険の思想・技術的裏付けが極めて重要であり、保険集団は大きいほど安定し、健全な財政運営ができるということから、最大の保険群団形成が可能で、かつ、年金給付内容が公的年金と同じであれば、インフラの整った公的な制度の中での運営が好ましいと考えるものである。また、現行の公的年金制度では老後の所得保障として十分な水準を確保できないと考える国民が各種の調査でも多数存在する現実から、そのニーズを実現する制度枠組みの提供は、国の役割として無視できないものであろう。民間の保険会社が即時払いの個人年金商品あるいは団体年金商品を設計・販売するのを妨げるわけではない。魅力的な商品が販売されるのであれば、一層好ましいことであるが、基本的には給付についてインフレ・スライドを前提としているので、こうした商品が保険会社として可能なものであるか疑わしいと考えるまでである。もちろん、最終的に国の制度に各個人の意思で資産を持参の上、公的年金の上乗せ年金として給付する枠組みを考えると、健常者だけが参加してくるということになり、逆選択に関して、保険数理的な調整が必要になることには留意が必要である。また、国の制度として過大なサービスの提供は回避すべきであり、ここでも税制上のメリットとの関連で、積み立て段階で、それぞれの勘定について毎期の投入額について上限を設ける必要があるだろう。ここにきて、冒頭の日本の退職給付の法制上の性格づけに関して、不備が見えてくる。すなわち、毎期の投入額の上限という考え方と、「退職時成立説」あるいは「功労報償説」「労務管理説」などの法的枠組みとの不整合が生じるのである。筆者は、退職給付は退職給付会計と同じ「賃金後払い説」を採り、既得権を明確にし、懲戒免職などによる没収条項も基本的には廃止し、不正などに伴う企業への不利益に対しては損害賠償で償うべきと考える。会社都合と自己都合の給付水準の差についても、会社都合による退職が不可避な際には、上乗せ退職金という形でその事象に合ったパッケージを用意していくのが、性格的には適当だと考える。

 これまでの議論では、個人勘定のポータビリティという観点から、DC的な制度を前提に議論を進めてきた。すなわち、一時金給付のポータビリティを前提としている。ところが現在のDBはすべてその制度内での年金給付が前提となっており、法制上の制度設計の要件を満たすことにより、税制メリットの付与がなされている。上記の議論はこうした現行の年金給付の基本設計を否定することにもなる。すなわち、年金あるいは老齢給付というものを前提に制度の設計を行っている。しかし、ここで提示しているのは、一般企業の責務はDCであるにしろDBであるにしろ、従業員が退職年齢時に何がしかの年金原資を形成することの財産形成サポートを行うことに限定していることにある。そして国の責任は、基礎年金あるいは生活保護制度を通じてナショナル・ミニマムの生存権の保障を行うことと、個々人の責任で退職時まで形成した老後生活資産の年金化の責任を負うことに限定する。その年金化は純粋に年金数理的な立場を採り、個人間あるいは世代間の公平性を回避することにする。
 個人であろうが企業であろうが、引退年齢までの長期の資産形成を公ではなく民で行う場合、長期の経済価値の維持保全ということでは、インフレへの対応が必要である。これにはインフレ連動債の活用ということが考えられる。民間保険・年金制度の弱点と言われるインフレヘッジには、株式を活用したいがリスクも避けたいというものにとって、インフレ連動債に期待されるものが大きいだろう。積み立て段階を民間(個人あるいは企業)で担う場合、DCやIRA向けの金融商品あるいは企業年金制度においても、インフレ連動債が担える役割がもっと検討されてよいと考える。民間の保険会社でもインフレ連動債を使った商品が開発されるのであれば、国民にとって一層選択肢が広がり、好ましいものとなるだろう。

 最後に、現行制度からの移行であるが、厚生年金・共済年金の過去勤務分を年金数理的な仮の裁定を行い、将来勤務に関する部分は上記論じてきた手法へ順次移行していくことが考えられる。いずれにしても、少子高齢化という避けがたい経済・人口学的激動期に、弱点を曝け出した年金制度に対し、公私の役割の見直しは避け難く、個々のヒトの視点からもう一度年金制度を考え、長期のキャリアの中で、それぞれのニーズに合わせた自在な制度設計を可能とするここでの議論が、その一つの選択肢としてとらえられるなら筆者にとっても幸いである。

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(※1)「在職中の労働者に対する退職給付(退職金・企業年金)の受給権付与」ニッセイ基礎研究所、1998年7月。
    『労働基準法の解説』一橋出版。等

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(※2)企業年金制度およびケオ・プランの適用を受けていない個人に対しても税制上の優遇措置を提供する目的で、
    エリサ法によって導入された課税繰り延べ制度。貯蓄奨励の見地から、1981年の税制改正により、企業年金に
    加入している者を含むすべての被用者(民間企業のみならず連邦・州・地方行政府の職員退職年金制度に加入
    している者を含む)および自営業者にも対象が拡大された。その後、1986年の税制改正により、適格年金制度
    の加入者で一定水準以上の所得がある者については掛け金の所得控除が認められなくなった。(三菱信託銀行
    『年金用語辞典』ダイヤモンド社、2002年より)

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●福田浩一 ふくだこういち/明治生命保険相互会社において保険商品の設計、保険会社のM&Aおよび退職金・年金制度のコンサルティング業務等を担当した後、マーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティング会社を経て、2005年ワトソンワイアット株式会社に入社。主に外資系会社の退職金・年金制度コンサルティングを担当。日本アクチュアリー会正会員、年金数理人。東北大学理学部卒。

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