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【巻頭言】
「リスク元年」を迎えて
経営システムの進化に活かす

 

ワトソン ワイアット株式会社
代表取締役社長
淡輪 敬三

 米国のエンロン、ワールドコムの巨額な粉飾を源流とする、内部統制強化の流れは、J-SOXの導入や、コンプライアンス強化の激流となって、日本の企業社会に急速に浸透し始めた。
 また、「一罰百戒」型刑事告発や、各種当局の「行政処分」という劇薬も頻繁に使われ始め、まさに日本企業社会にとっての「リスク元年」とも言うべき状況が作り出されている。国内では、振り子が大きく「統制」に振り出された感が強い。
 一方で、想定外の大幅な業績の下方修正や、過去には見られないような製品品質や事故の深刻なトラブルが多発する傾向も顕著になっている。さらに、米国のサブプライムローンから発した世界的な信用収縮など、リスク自体のグローバル化も複雑度を高めながら進展している。
 このように、リスクに対して、日本社会全体が敏感な状況をネガティブにとらえず、特に日本企業にとっては、経営システムを進化させる絶好の機会と前向きに考えたい。

リスクの定義

 「リスク」とは何か。これを単に「危機管理」と考えてしまっては、対象が限られ、経営改革へのインパクトも限定されてしまう。ここでは、企業価値の構成要素としての「リターンに対するリスク」と定義することとしたい。
 つまり、企業価値は、事業が生み出すリターン、すなわち将来キャッシュフローと、それを現在価値に割り引く割引率に分解できる。このときリスクは将来キャッシュフローの「不確実性」と定義される(図)。

図/リスクの定義


実際にこのリスクの見立てによって、企業価値は倍にも半分にもなりうるのである。例えば、近頃の日本の新興市場の低迷の主因として、透明性の欠如に起因する、このリスクの高さが挙げられている。
 さらにこの不確実性は、事業自体のボラティリティ(不安定性)、経営システムの品質、危機管理などその他非常時対応、の三つの要素に分解できる。

経営システムのリスクが焦点

 事業キャッシュフローの安定化や、非常時の危機対応は、目に見えやすいため、企業の成長と成熟に伴い、完成度は高まっていくことが期待できる。新興急成長企業はこの段階でつまずくことも多いが、挽回可能な失敗を重ねることで、成熟度が高まるプロセスを踏んでいく。
 一方、経営システムのリスクはハード要素のファイナンシャルリスクと、ソフト要素の組織・人材リスクに分けられる。ファイナンシャルリスクについては、SOX 法に代表されるように、「他律的」にリスクコントロールの仕組みの導入の圧力が働く。つまり公開企業であれば、金融市場の要請から、ファイナンシャルリスクをコントロールするガバナンス体制の構築を差し迫って求められるのである。
 最後に残るのが、組織・人材リスクのコントロールである。この部分は外からは一切見えない。中からも工夫しないとよく見えない対象である。また、他律は働きにくく、「自律的」にリスクのコントロールの仕組みを磨いていくしかない対象である。

組織・人材リスクのコントロール

 欧米企業の経営システムは基本的にトップダウンである。短期、中長期の経営目標を定め、上から下へと順に降ろしていく。これを水が上から下へといくつかの滝を経て流れ落ちていく姿になぞらえ、カスケードダウンといっている。
 したがってリーダーの競争力が企業の競争力に直結する。とりわけトップの「力量」に依存するシステムが基本形である。このため、GEに代表されるように、リーダー開発やトップ選出の仕組みは長年に渡り磨き込まれている。シンプルで見えやすいサクセッションプランの仕組みを持っている企業が多い。
 例えば事業責任者などの重要ポストは短期と中長期の後任者をあらかじめ選出し、個々の開発プランやリテンションプランを作成し、定期的に経営トップの間で議論し修正を重ね、状況をモニターする。このような仕組みはかなり一般化している。この仕組みにより、重要ポストを担う人材を失うことによる経営リスクをコントロールしているのである。
 この観点から日本企業を見ると、欧米企業と同様な仕組みを入れても課題を解決できるわけではない。その理由は、日本企業の多くが「課長」に象徴される、分厚い中間層人材の競争力に企業の競争力が支えられているケースが多いからである。つまり、ボトムアップやミドルアップ・ダウンの課題解決型組織だからである。
 このため、特定の「個」を対象にした組織・人材リスクのコントロールでは極めて不十分なものになってしまうことが多い。個人、チーム、さらに部門の単位で、メンタルセット、モティベーション、人材開発の状況を可視化して、改善のサイクルが回る仕組みが、リスクをコントロールするためには必要なのである。「攻め」が最大のリスク防御であり、目に見えにくい競争力の源泉につながるのである。
 要するに、この組織力・人材力向上の仕組みが、組織・人材リスクのコントロールの基本軸なのである。このサイクルが崩れたとき、過去に例がないような大規模な品質問題や事故が発生するリスクが一挙に高まるのである。経営リスクの核の構成要素なのである。

日本企業の挑戦

 「失われた15年」は層の薄い年代を生み、人材開発の不連続の「川」となった。また、再成長を目指した急速な事業のグローバル展開が進展している。これらを支えるには、日本企業本来の強みを再生する、シンプルに可視化された、組織力・人材力向上のメカニズムを作り直すことが求められている。しかも、この仕組みは日本人の男性社員だけが理解できるものでなく、国内の少子高齢化と急速なグローバル展開を支える、多様な人材を前提とした仕組みでなければならない。
 組織・人材のリスクコントロールは、組織力・人材力向上の仕組みと表裏一体なのである。
 
今回のレビューでは、リスク元年にあたって、弊社が扱うヒト・リスクの課題についていくつかの考え方を紹介させていただこうと思う。
 企業経営に関わる読者の皆様は、「素直」に何が経営の最大のリスクなのか、さらにどのような順番でそのリスクへの対応策を講じればよいのかを常に考えられているのではないだろうか。
 経営の神様といわれた松下幸之助氏が経営の本質は何かと問われ、「雨が降れば傘を差す」と答えられたという。不安や欲望から逃れられない人間は、雨が降っていることさえ気づかないことのほうが多いという。
 「素直」に自社の外と内を見て、何が一番大事なことなのかを考え抜くことがいかに難しい作業であるかを教えているのである。皆様が経営リスクを考え抜く際に、この小冊子が何らかの一助になれば望外の幸せである。

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●淡輪敬三 たんなわけいぞう/ワトソンワイアット株式会社代表取締役社長。NKK、マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナーを経て、1997年より現職。戦略、組織、人材を一体で改革する変革マネジメントが専門。東京大学工学部航空学科修士課程修了、スタンフォード大学修士課程修了。

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