内部統制と従業員給付
内部統制による従業員給付のリスク管理
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小谷 克
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1. はじめに
2007年度のキーワードの一つといえば、2008年4月以降に開始する事業年度から実施される内部統制に関する報告制度である。新聞・雑誌を見ても多くのセミナーが開催されており、言うまでもなく企業にとっての一大関心事といえる。そもそもこの内部統制という言葉はずいぶん硬いイメージの言葉ではあるが、歴史をたどってみると、昭和20年代にすでに内部統制は議論されていたようで、経済産業省の資料(下記)にもその記録は残っている。このように内部統制というキーワードは意外に古くて新しい言葉といえる。
「改正商法では取締役会が株式会社における経営活動の実施に伴う業務上の監査をなし、監査役は会計監査をなすにとどまることになっている。しかし、それのみでは企業内部における監査の重要性に鑑み決して充分であるとは言えない。むしろそれは他方において経常的な内部統制組織への依存性を考慮しているのであり、従って適当なこの組織の完備によって初めて取締役会の業務監査及び監査役の会計監査もまた容易かつ有効となるのである。内部統制組織の確立は、この点からもますます必要となってきているということできる。」 (※1)
最近の内部統制の議論は欧米ではBCCI事件、マックスウェル事件、エンロン、ワールドコムの一連の不正会計などの企業スキャンダルを契機として始まった。結果として米国のSOX法(Sarbanes-Oxley Act) 、英国の統合規範(Combined Code)などが導入されている。そして日本でも大和銀行のNY支店での巨額損失事件などを発端に、その後のいくつかの企業のスキャンダルとあいまって企業の内部管理・統制といった課題が大きくクローズアップされた。さらに金融審議会第一部会「証券市場の改革促進」(2002年12月16日)によって具体的な議論が開始され、結果として会社法、金融商品取引法(旧: 証券取引法) において企業経営における内部統制の構築、開示および関連基準が明確に定められた。日本および欧米に共通していることは、コーポレート・ガバナンスの強化の流れとして、内部統制の強化が進められてきたということである。
日本における内部統制に関する開示項目は法律ごとに次のようにまとめることができる (※2)
- @会社法
内部統制システム構築に関する決定と開示
内部統制システムに関する事業報告への記載
A金融商品取引法
「コーポレート・ガバナンスの状況」に関する記載
財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制の評価制度
内部統制報告書に対する監査証明
確認書の提出
なお、従業員給付に関するリスク管理は、金融商品取引法において内部統制に関連した開示項目である「財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制の評価制度」と極めて関連が強く、本稿では従業員給付と金融商品取引法に定める内部統制の関係について論じてみたいと思う。
2. 従業員給付のリスク
従業員給付とは
従業員給付、英語で言うところのEmployees Benefitsであるが、多くの人にとってはあまり馴染みがない言葉かもしれない。それよりも退職金、福利厚生などの言葉のほうが馴染みがあるだろうか。もっと簡単に言えば、従業員給付とは報酬(給与・賞与)ではないが、会社が従業員に対して提供しているその他給付のすべてということになる。具体的には、
- 退職金制度
- 企業年金制度
- 慶弔見舞金制度
- 永年勤続表彰
- 有給等の休暇制度
- 健康保険の上乗せ給付(健康保険組合)
- 共済会
- その他福利厚生(スポーツクラブ、各種保険、レクリエーション補助、社宅など)
などが代表的なものである。このほかにも企業によっては多種多様な従業員給付を設定しているのではなかろうか。これらの多くは長期にわたる従業員もしくは組合との協議の末に構築されたものであり、歴史や従業員との信頼関係の基本になっていることが多いと思われる。しかし、一方でこれらの制度を運営するにあたっては、当然のことながら企業としてのコスト負担は避けられないものであり、良好な労使関係の維持のための潤滑油としての側面はあるとはいえ、従業員給付は企業経営においては本業に関係しないコスト要因であり、かつ変動リスクが潜在している制度と考えられる。もちろん、給付支払のために保険を活用し、一定のコストですべての給付リスクを外部にアウトソースすることができる制度や、逆にすべてを会社のコスト負担で運営する制度のものもある。すべての制度が前者のようにアウトソースでカバーすることは難しく、後者のようにすべてを会社がコスト負担してゆく潜在的なリスクが存在する制度が多いのも現実である。
従業員給付に係る会計基準
潜在リスクが大きい従業員給付には、企業会計においても個別に会計基準が設定され、リスクの評価・債務認識そしてコストの把握が行われている。代表的なものは以下のとおりである。
- 米国 年金・退職金:FAS87、88、132(R)、158
退職後医療:FAS106
その他給付(解雇手当など):FAS112
- 欧州 従業員給付全般:IAS19
- 日本 年金・退職金:退職給付会計基準(ACR13)
欧州を中心とした各国で採用されているIAS19号は、幅広く従業員給付に関する債務の認識を企業会計上求めている。また米国では退職金・年金および退職後医療給付などが中心である(現役従業員の医療給付は保険でカバーするのが米国では一般であり、退職後の医療給付が中心である)。一方、日本の場合は年金・退職金を中心に企業会計上の債務認識が行われている。なお、日本では医療については公的給付が一般であることから、企業が設立している健康保険組合の上乗せ給付に関する債務認識までは基準が明確化されていない。しかし、この点も国の財政状態が逼迫していることを勘案すれば、将来的に公的医療給付が縮小され、企業保障部分の拡大およびその給付責任の範囲の明確化が起こりえなくもない。そのときには、日本においても医療給付が債務評価の対象となる可能性もある。
会計基準の最近の動き
ここ数年、債務の金額が大きな年金・退職金および退職後医療に関して、欧米では基準変更が行われている。その一環として未積立債務が貸借対照表に計上され、その影響は米国の状況を見るとハッキリとわかる。図1はワトソンワイアットが影響を分析した結果である。
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図1/FAS158の適用がFortune1000に該当する企業の株主資本に与える影響
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この結果からもわかるように、基準変更の影響はかなりのものであったといえる。現在、日本は国際会計基準、米国会計基準とのコンバージェンスに取り組んでおり、近い将来、日本基準も欧米の基準に近づいていくことは間違いないといえる。多くの日本企業は、今までは日本基準の動向を注視していればよかったが、今後は、欧米の基準から目が離せなくなると考えられる。同時に、年金・退職金以外の給付を含めた従業員給付に関するリスク(企業会計上のリスク)も一層重要になってくると考えられる。
多国籍企業にとっての従業員給付のリスク
国内企業においては自国の制度のみが対象となるが、外国にも事業拠点を有し多くの現地従業員を抱えているような場合、現地事業拠点の従業員に付与している各種従業員給付にも、国内の制度同様のリスクがあるといえる。よく日系企業の海外担当の方とお話をすると、「現地のことは、現地に任せていますので」といったご意見をいただくが、任せる前に一度、「知らないことのリスク」を排除すべく各国の従業員給付について理解を深めておく必要があるのではなかろうか。以下、考えられるリスクをまとめたので参考にしていただければと思う。
- 従業員給付の法則
- リーガル・リスク(コンプライアンス)、法制変更のリスク
- 適用される会計基準とその変更のリスク
- M&A 実行時および実行後のリスク
- 制度設計の改訂時のリスク
3. 内部統制と従業員給付
ここからは内部統制と従業員給付のリスクとの関係を整理してみたいと思う。
従業員給付に関する企業会計/財務報告におけるリスク
従業員給付に係る会計基準についてはすでに述べたとおりであるが、ここではそこに潜む企業会計上のリスクについて考えてみたい。従業員給付については長期の約束事になっていることが多く、債務認識を行うにあたっては、一定の前提を置いている。例えば年金・退職金および米国の退職後医療給付制度では多種多様な前提を設定している。代表的な前提には以下のものがある。
- 年金・退職金
割引率、昇給率、死亡率、脱退率、年金選択率、インフレ率、期待運用収益率
- 退職後医療給付制度
年間クレイムコスト率、医療費上昇率、退職者拠出率、メディケア負担上昇率、現役従業員の被扶養率、制度参加率、制度選択率、失効率
このように従業員給付に関する企業会計上の債務・コストは、多くの前提条件を設定して評価するために、評価性債務が基本となっていることが多い。年金・退職金の債務である退職給付債務はその典型である。評価性債務では恣意性を排除するために、第三者による評価が行われることが多いが、基礎率の決定は企業にゆだねられており、現状でも以下のようなリスクが存在している。
- 虚偽の報告のリスク
特に日本では退職給付債務の自社計算が認められている
- 債務評価における積極的な利益操作
高めの割引率の設定など基礎率の設定
財務報告における内部統制の確認事項
内部統制における重要な目的の一つは「財務報告の信頼性を確保し、適切なディスクロージャーを実施する」ということである(図2)。
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図2/内部統制のフレームワーク(イメージ)
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この財務報告の信頼性確保のために内部統制の構築が求められている。なお、財務報告に係る具体的な内部統制の構築に関し、「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」において、経営者には、以下に挙げるような事項を確認し何らかの不備があった場合には、必要に応じて改善を図ることが求められている(以下抜粋)。
- 適正な財務報告を確保するための全社的な方針や手続が示されるとともに、適切に整備及び運用されていること
- 財務報告の重要な事項に虚偽記載が発生するリスクへの適切な評価及び対応がなされること。
- 報告の重要な事項に虚偽記載が発生するリスクを低減するための体制が適切に整備及び運用されていること
経営者にとって、財務報告の信頼性を確保するために虚偽報告のリスクを最小限に抑えることは非に重要なことといえる。
内部統制と従業員給付
従業員給付に関する企業会計/財務報告上のリスクとして、虚偽報告および利益操作といったリスクが潜在していることから、内部統制構築にあたり、従業員給付が、経営者の確認項目となることがわかる。また、退職給付債務等の評価性債務はバランスシートに与える影響が大きいことから、基礎率の設定等に関する会計方針は全社的な内部統制の評価の対象と考えるべきであろう。
全社的な内部統制の評価とは?
経営者は、全社的な内部統制の整備及び運用状況、並びに、その状況が業務プロセスに係る内部統制に及ぼす影響の程度を評価する。その際、経営者は、組織の内外で発生するリスク等を十分に評価するとともに、財務報告全体に重要な影響を及ぼす事項を十分に検討する。例えば、全社的な会計方針及び財務方針、組織の構築及び運用等に関する経営判断、経営レベルにおける意思決定のプロセス等がこれに該当する。 (※3)
内部統制の構築にあたって、従業員給付に関する会計プロセスは、経営者にとっての重要な評価対象であるといえる。特に退職給付債務を筆頭に従業員給付の財務報告に与える影響は大きく、財務報告の信頼性を確保する観点から早急に内部統制の評価を行う必要があると考えられる。さらに、全社的な内部統制の評価に該当すると考えられ、国内外を含むすべての事業拠点が評価の対象となるため、今後は「現地のことは現地に任せている」といった発想は許されない。残念ながら、内部統制については、ITなどその他の重要項目も目白押しで、従業員給付については後回しになっている企業が多いのではなかろうか。我々コンサルタントとして危惧していることは、すべての事業拠点をカバーした評価・検証を行うためには相当程度の時間を要することがあまり知られていないことだ。そのため、2008年4月の実施を考慮すると、多くの企業でスケジュールが厳しい状況にあるのではないかと推察している。特に国外の事業拠点についての調査には数カ月を要することが多く、早急な対策が必要ではないかと考える。
具体的な対応
従業員給付に関する内部統制構築にあたり、具体的に何を、どのように行っていくのかといった観点の情報が少ないのも現実である。ワトソンワイアットは内部統制( Internal Control ) の先進国である欧米において、多くの企業に対して従業員給付に関する内部統制構築の助言・サポートを行ってきた。そのノウハウと日本における内部統制に係る各種基準を考慮すると、最低限、以下の取り組みが必要になると考えられる。
- 制度の認識
国内外の全事業所の従業員給付のすべての制度の把握および理解(Benefit Audit)
- リスクの評価
国内外の全事業所の従業員給付のすべての制度のリスクの評価(Benefit Audit)
- データベース化
国内外の全事業所の従業員給付のすべての制度およびリスクをデータベース化し、経営者の評価をタイムリーに行えるようにする。内部統制に関する評価ツールにもなる(ワトソンワイアットのBenTrack(TM)などがそのツールである)。
- グローバルな会計方針
従業員給付に関する債務の算定に使用する基礎率設定のルールをグローバルに策定
- 統一的な手法での従業員給付の会計
グローバル・アクチュアリーの採用
これらがすべてではないが、内部統制の構築に必要となる取り組みであり、参考にしていただければと思う。
4. 最後に
内部統制の議論は企業にとっての負担という観点での議論が目につくことが多いが、他の施策が実施されたとしても、仮に内部統制の整備を行わなければ、財務報告の信頼性確保の実行性は低いものとなってしまうのではないかと考える。また、内部統制構築の過程では、今まで知らなくてもよかった従業員給付の詳細についても、把握・評価・管理してゆくことになる。このことも、良い意味で強力なヒトに関するリスク管理につながっていくと考えられる。
よく内部統制について「日本版SOX」と呼ばれることがあるが、内部統制の基準整備に携わった関係者の方は、米国SOXの受け売りではないことから、この表現を好まないようだ。その背景には、日本固有の魂が注入された基準になっていることがあるようである。ぜひとも関係者の考えを生かし、世界に通じる日本の内部統制の構築に取り組むことができればと思う。
(※1)「企業における内部統制について」(通産省通商局1951年7月)資料より
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(※2)2006 年日本アクチュアリー会年次大会資料(内藤文雄氏)
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(※3)「財務報告に関する内部統制の評価及び監査の基準」から抜粋
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●小谷克 こだにかつみ/第一生命保険相互会社において、退職金・企業年金の数理、管理業務を担当した後、マーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティング会社、エーオンコンサルティングを経て2006 年ワトソンワイアット株式会社に入社。主に外資系・日系会社の退職金・年金制度コンサルティング、コミュニケーションを担当。日本アクチュアリー会正会員、年金数理人。東北大学理学部卒。
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