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グローバル・アクチュアリー
多国籍企業の年金リスク・マネジメント
 

 

福田 浩一

1. はじめに

 日本経済の回復、一方で、少子化と人口減少による国内市場の縮小・構造変化に伴い、日本企業が内向きの構造改革・事業展開が必要になってきた。『海外進出企業総覧』(東洋経済新聞社、2007年版)によれば、日本企業4,208社が世界100ヵ国以上に、合計で20,000社以上の企業として進出し、従業員を3,800万人雇用しているという。当然各国の従業員に当該国で適正水準の給与を支払い、必要とされる福利厚生制度を提供しているだろう。こうした福利厚生制度をどのように運営、管理すべきなのだろうか。特に、企業の財務会計上、大きな存在である退職金・年金制度をどう管理すべきなのか。
 ヒトの問題は現地任せ。変に首を突っ込んで、とんでもないことになったら大変だ。歴史・文化・風土・宗教・法律・商慣習等々、日本と全く異なる環境下で、日本人が対処しようにも、理解不足・認識不足のために、誤った対応をすれば大きな問題を引き起こしかねない。人事はローカルに任せよう、という考え方があるだろう。
 一方で、日本においても2008年4月から内部統制報告制度が施行され、在外子会社を含めた管理が強く求められるようになる。格付け会社のMoody's社が米国SOX第404条の内部統制報告に関するレポート("The Second Year of Section 404 Reporting on Internal Control〔Special Comment〕"
May, 2006 )において、内部統制上の「重要なる欠陥」の原因としてヒトの問題、特に財務会計上の適切な知識・経験を有した人材の不足を論じている。実際、2004年度の決算報告において、年金会計処理に関する内部統制に欠陥ありと報告している会社も数社ある。
 「現地の人事管理を尊重すべき」と「親会社として内部統制上の管理を強化すべき」という二律背反的な環境下で、在外子会社の人事管理をどうすべきか。多くの多国籍企業がこれから直面する課題だろう。ここでは、人事制度の中で、財務諸表への影響が大きい退職金・年金制度の管理について、US-SOXが適用された米国系多国籍企業の対応を中心に、ソリューションの一つとなっている「グローバル・アクチュアリー」という考え方を紹介し、日本の多国籍企業の方向性を示してみたい。

2. グローバル・アクチュアリーとは

 US-SOXの施行に伴い、法令違反に対する厳罰化もあり、CEO、CFOの責任意識がこれまで以上に高まっている。特に、多国籍企業においては、B/S上に占める重要性の大きさから、取締役会において、各国の企業年金をどのように管理・運営するかが、大きな論点になってきているという。取締役のみならず、米国本社の責任を有する人事担当者・財務担当者とて世界の退職金・年金制度を熟知している者は存在せず、その穴を埋めるべく、何らかの外部専門家の活用が求められるようになってきている。
 例えば、我々の足元を見ても、日本の年金制度の全貌を承知している人材が自らの企業内でどれだけいるか。厚生労働省より頻繁に出状される年金関連通知・通達にどれだけ目配りされているか。あるいは更なる企業発展を海外進出に求め、業務展開の未開の国でM&Aを行う、その国の年金法制を知るものはいるか。こうした問いへの対策として退職金・年金制度を専門に扱い、企業の退職金・年金制度の運営・管理の基本方針を熟知し、機動的に企業ニーズに的確に対応する外部専門家としての「グローバル・アクチュアリー」が必要になってきた。我々のような外部専門家とて、世界各国のすべての年金制度に精通し、すべての課題を解決できるスーパー・コンサルタントがいるわけではない。グローバル・アクチュアリーとは、例えばワトソンワイアットのような、年金アクチュアリーを世界各国に有し、それぞれの国の法制・会計・税制に熟知したコンサルタントの組織的なコンサルティング体制である。親会社のある国のリード・コンサルティング・アクチュアリーがクライアント企業の業務展開国・地域のアクチュアリーを効果的・効率的に活用して当該企業の最適解を提供するサービス体制といえる(図1)。
 欧米には、グローバル年金委員会を組織し、各国の退職金・年金の情報を集約し、定例の決算財務諸表の退職給付会計上の債務・費用の計上額の確認から、各国の制度における制度変更の最終承認等決済機構として、あるいはM&Aにおいて対象企業の財務分析の検証・検討を行う機関として当該委員会を位置づけ、退職給付制度に関わる本社の意思決定機構とする企業もある。年金制度という法制上あるいは技術的に複雑な制度に関して、論点を整理するあるいは必要に応じてコメントを求めるため、外部専門家としての年金アクチュアリーをグローバル年金委員会に陪席させるケースもある。また、当該委員会でのアドバイザーとして、複数の国の年金アクチュアリーが組織的に対応するケースもある。

図1/グローバル・アクチュアリーの体制

3. グローバル・アクチュアリーの役割

 退職金・年金制度のガバナンスという点では、「制度の適切なガバナンス」と「制度の財務会計上の適正な処理」が必要になってきている。これまで、会計上の重要性の観点で連結対象外あるいは精緻な検証が不要とされてきた制度も、なぜ対象外となるのか、現時点では重要ではないが将来的に影響が大きくなる恐れはないのか、改めてその検証が必要となってきている。
 多国籍企業は、グローバルに展開する各国の従業員の退職金・年金制度をどのように運営すべきだろうか。「制度の適切なガバナンス」という意味では、各国各様の法制・慣行に合わせた制度の基本方針を明確にすることから始まる。制度に唯一絶対はない。複数の給付制度を持ち、運営しているケースもある。法制上の制約もあり、それを一様な制度に直ちに変更できるものでもない。しかし、一人の従業員だけとらえてみても数十年にも及ぶ「長期の約束」としての制度は、経営環境・法制の変化に合わせ、制度の変更も行われるのが一般である。そこで長期的な視点で制度運営の方向性を定める基本方針が必要になる。これは、自国の制度だけを想定した方針ではなく、グローバルな視点での方針である。そこに諸国の制度運営での経験を有するグローバル・アクチュアリーのサービス体制が有効に機能する可能性がある。例えば、従業員給付制度提供の基本思想、公的年金制度との役割分担の調整(例:所得代替率をどうするか)、積立方式をどうするか(例:税制優遇制度や支払保証制度との兼ね合い、資産運用環境の検証)、最近の年金制度として確定拠出年金制度(DC)が世界的なトレンドになっているが、確定給付制度(DB)とDCのいずれを志向するのか、保険制度を活用するのか、等々の方針が考えられる。ある国において、将来、制度変更が必要な場合、あるいはM&Aで海外の企業を買収する際の対象企業の持っている制度のデューデリジェンスを行う際、拠って立つべき方針に則ってその検証が行われる。ここにおいて、グローバル・アクチュアリーは親会社の人事・財務担当との連携を密に図るとともに、当該企業の現地担当者と親会社のコミュニケーションをスムースに行えるよう、基本方針を各国の担当アクチュアリーとともに、当該企業の在外子会社を含め、退職金・年金制度の担当者に対するグローバルな支援および助言活動等を行うことになる(図2)。

図2/グローバル・アクチュアリーの役割

 「制度の財務会計上の適切な処理」という文脈においては、米国であれば、米国の上場企業はすべての国の退職金・年金制度の会計処理を米国会計基準FAS87に基づき処理することを求められている。また、欧州の上場企業は、国際会計基準IAS19に基づき処理することを求められている。各国の財務会計担当者はFAS87あるいはIAS19の内容を承知しているとともに、自らの会社が提供している制度の債務・費用の算定において、算定の詳細な技術的な中身を知らずとも、その意味するところのものを承知していることが求められるようになっている。ここでも基本的な会計方針の設定が必要になる。グローバル・アクチュアリーはCFO、あるいは、必要に応じて会計士との議論を通じて、会計方針の設定と毎決算期の計算基礎率の設定という退職給付特有の事項に関して、助言を行い、最終的な基本方針の決定に対する支援を行う。その基本方針を各国・各地域の担当アクチュアリーを通じて、それぞれの国の財務・会計担当者への適切なアドバイスを行うこととなる。例えば、最近は事業再編に伴うある部門・工場の売却や閉鎖がしばしば行われるが、その場合の適切な会計処理とは何か。確定給付型の多事業主制度はFAS87やIAS19でどのように処理すべきなのか。また、近年、退職給付会計基準が大きく変わりつつある激動期に、将来的な変更の方向性を念頭に入れた給付制度の運営管理も必要になっている。こうした事柄に関しても、それぞれの会計基準に熟知したアクチュアリーのサポートが有効に機能することだろう。
 欧米においては、このように退職金・年金制度の有効・効率的な運営管理におけるグローバル・アクチュアリーに期待される役割が大きくなってきている。

4. 日本の多国籍企業の方向性

 これまで日本の多国籍企業は、欧米の中央集権的な企業統治に対し、分権的に統治するという性格づけが行われることがある。もちろん、欧米企業でもローカルの経営をローカルの意思決定に任せる分権的な企業もあり、逆に、日本企業でも重要な国のオペレーションでは強い統治を行ってきた、というようなところもあるであろう。しかし、US-SOXの施行後、米国では統治の強化を求められ、これまで分権的な企業文化を持っていた米国企業でもガバナンスの強化を図り、退職金・年金制度のグローバルな実態調査を行う企業が増えている。実際、我々ワトソンワイアットにおいても、統治強化に向けた企業の変化・行動を肌に感じ、その支援をしてきた。
 日本でも内部統制報告制度は現実のものとなり、企業統治の強化が求められる環境下で、諸外国における退職金・年金制度を適切に運営管理する体制の強化が必要になってきている。
 まず、自らの現在の状況把握から入る必要があるだろう。US-SOXに比べると比較的法制が緩やかといわれる金融商品取引法や企業会計審議会から出された「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」の下でも、すべての制度の状況把握から始まるのだろう。そのための組織体制の構築はすでに終えられているだろうが、こと退職金・年金制度ということでは、その制度の複雑さから、すべての制度の調査を終えたという企業はまだ少ないようである。各国の担当者の任命と育成、基本方針の共有と統一的統制活動の実行が必要となる。
 日本の現在の退職給付会計基準は国際会計基準や米国会計基準を参考にしつつ、日本独自の考え方をベースに2000年4月から導入されている。日本の多国籍企業が在外子会社の退職給付制度の債務・費用を連結するなら、本来であれば、日本の退職給付会計基準に則って処理すべきなのであろうが、弊社の米国や欧州の年金アクチュアリーに聞いても日本の退職給付会計基準を知るものはほとんどいない。では、海外の連結在外子会社の退職給付の債務・費用の算定はどのように行われているのだろうか。退職給付債務(PBOやDBO)の算定手法は基本的に同等であるが、基礎率の設定手法は、厳密に言えば、相違もある。基本的には、会計士の確認の下、海外の年金アクチュアリーがFAS87やIAS19に基づく算定を行い、算定結果の退職給付債務PBOや勤務費用SCを用いて日本の退職給付会計に則って会計処理を行っているのではないかと考える。あるいは、FAS87やIAS19に基づく債務・費用をそのままB/SやP/Lに計上しているのであろうか。いずれにしても、FAS87やIAS19の内容を理解しておく必要がある。例えば、米国財務会計基準審議会FASBや国際会計基準審議会IASBでは、退職給付会計基準の全面的な見直しのプロジェクトを立ち上げ、検討を開始している。PBOやDBOの算定方法そのものも俎上に上がっている。筆者の理解では、キャッシュバランス・プラン(CB)の債務評価をどう考えるべきか、ということを一つの契機に議論が始まったと承知しているが、FASBやIASBでCBに対する算定がこれまでと異なると、日本の会計基準での算定と在外子会社の算定とで、違った基準となってしまう恐れがある。DB型の多事業主制度も論点の一つである。FASBとIASBの間で基準のコンバージェンス・プロジェクトも進行しており、退職給付会計はこれからの数年で大きく変わるものと考えられる。日本の会計基準だけをモニターしていれば事足りる、という環境ではなくなっている。
 去る8月8日、企業会計基準委員会は、"企業会計基準委員会と国際会計基準審議会は2011年までに会計基準のコンバージェンスを達成"する「東京合意」を公表し、国際会計基準との基準統一に向けた行動を明確にした。これに伴い、日本企業にとってIASBの議論が、今後数年の後、直接的に企業経営に影響する重要事項となることが想定される。会計基準のグローバルな統一化が図られ、比較可能性の向上に伴い、投資行動も一層グローバルの動向を意識せざるをえないものとなり、どの国の企業も同一の土俵で競争することが不可避となってくる。これは一方で、企業業績の評価方法が欧米流の考え方に引っ張られる可能性もあり、欧米企業の退職給付への対応方法にも目を配ることが必要となってくる。特に、日本企業の間で急速にその導入が進んでいるCBの会計基準は、現下のIASB における諸課題の中でも最重要課題として集中的な議論が行われており、その動向から目を離せない状況となっている。より大きな動きの中では、業績評価を会計上どのようにすべきか、そのフレームワークの中で退職給付会計上の費用・債務・資産をどうとらえるべきかも、大きな課題である。企業の中・長期戦略策定の中で当然考慮されるべき項目である。

5. むすび

 先ほど紹介したとおり、Moody'sのレポートにもあるように、内部統制上の最も重要な欠陥の原因として、各企業が伝統的に決算財務諸表をはじめとして、財務報告について会計士にあまりにも依存して、社内人材の育成を怠ったために、人材不足が発生し、一方で、粉飾決算等から行政当局は会計士に対する信頼を失い、企業が自らの責任で、投資家やアナリストの信頼を得るべく、社内体制の整備・向上を迫られている。その結果として、適切な統制を敷けない企業にとっては、格付けの引き下げの要因にもなると警告している。
 欧米の多国籍企業では"Global Benefits Policy" を設定し、退職金・年金制度におけるグローバルな人事戦略・統制上の憲法とも言うべきものを設け、世界的な人材交流をも視野に入れた体制を構築する企業も出てきている。
 多国籍企業が企業の内部統制を確立する上で、グローバル・アクチュアリーという考え方は、年金アクチュアリーという専門家に全面的に依存するのではなく、グローバル化した企業戦略の達成と業務の効率化を図るために良きパートナーとして相互信頼を築き、活用する、ということではないだろうか。
 今後、グローバル化が一層進み、その経営管理の高度化が求められ、一方で、ますます複雑化する年金制度を巡る環境変化に迅速・適切な対応を必要とする多国籍企業にとって、グローバル・アクチュアリーというコンセプトを検討してもよい時期に日本もきているものと思われる。

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●福田浩一 ふくだこういち/明治生命保険相互会社において保険商品の設計、保険会社のM&A および退職金・年金制度のコンサルティング業務等を担当した後、マーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティング会社を経て、2005年ワトソンワイアット株式会社に入社。主に外資系会社の退職金・年金制度コンサルティングを担当。日本アクチュアリー会正会員、年金数理人。東北大学理学部卒。

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