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保険会社のリスク管理に関する監督行政の動向と
EUソルベンシーUの進展
 

 

三石 宣史

はじめに

 現行監督行政の枠組みにおいて、保険会社のリスクは、ソルベンシー・マージン比率を中心に監視・監督されている。ソルベンシー・マージンとは、通常予測できる範囲のリスクについては責任準備金で担保することを前提とし、このリスクを超えて保険会社が保有する支払余力のことである。これが、一定の数式に従って計算したリスク相当額の200%を下回った場合、金融庁によって早期是正措置が採られるため、実際に保険会社を安定的に経営するためには、この比率を相当程度上回って確保する必要がある(表1)。

表1/生保各社の2007年3月末ソルベンシー・マージン比率

 ソルベンシー・マージン規制は、1996年に導入されて以来、根本的な改正が加えられなかったことから、現在の保険会社の置かれたリスク状況を反映しておらず、保険会社のリスク管理の高度化や財務体質の強化を図る際の障害になっているといわれている。このような批判を受け金融庁は、2004年に公表した金融改革プログラムで、保険会社のリスク管理の高度化のためソルベンシー・マージン比率の見直しを検討課題に挙げ、今年の4月には、報告書「ソルベンシー・マージン比率の算出基準等について」(以下、報告書)を公表した。

 報告書でも検討しているとおり、現行基準に関しては以下のような問題点が指摘されてきた。まず、保険監督の視点からは、リスク係数等の設定基準が明確でなくリスク間で信頼水準が異なる点や、保険商品・資産運用の多様化やリスク管理の高度化に対応していない点から、保険会社の健全性評価の指標としての信頼性に欠ける。次に、保険会社の視点からは、現行基準は、個社のリスクを正確に表しておらずリスク管理の指標として実務的な使用が困難である点や、単純なリスク係数方式およびロック・イン方式の責任準備金制度を前提とする点等から、個社のリスク管理との整合性に欠け、先進的なリスク管理を行う阻害要因になりかねない。また、ソルベンシー・マージンは、保険会社の健全性評価の重要な指標として開示されているが、かつて比率が200%以上の会社が破綻した経緯からも、その信頼性・透明性に大きな疑問がある。例えば、現行基準の価格変動リスク係数は、原則として信頼水準を90%として算出したものとしているが、EU(欧州連合)の統一的な信頼水準は99.5%、米国でも98%と、見劣りがする。加えて、リスク係数の算出根拠について、今まで開示されていない。

 価格変動リスクは現行基準において、生命保険会社全体のリスクの2/3を超える割合を占める極めて大きなリスク項目だが(表2)、そのリスク係数は10%であり、後に見るEUソルベンシーUの試算(後述のQIS3) で暫定的に想定している32 %を大きく下回っている。

表2/2006年3月末全社ソルベンシー・マージン比率

 このように、現行のソルベンシー・マージン規制には様々な課題が指摘されてきた。これを受け報告書は、短期的には現在の枠組みを維持して係数やソルベンシー・マージン算入項目等の改善を目指しつつ、中期的には経済価値を基準にしたリスクの計測手法導入の必要性に言及している。経済価値に基づくリスク評価を実現するためには、現在ロック・イン方式で評価している責任準備金を経済価値基準で評価し直し、市場価値で評価した資産との差額(純資産)の変動をリスク量として認識することにより、その変動を適切に管理する枠組みを構築する必要がある。EUでは、経済価値に基づく新しいソルベンシー規制を導入することを検討しており、報告書では、ソルベンシーUと呼ばれるこの新規制を見据えて不断の作業を進めるため、作業に早急に着手することが適当であるとしている。

ソルベンシーUの概要

 従来欧州で行われているソルベンシーT規制は、簡単かつ堅実だが、リスクの考慮が不十分であり、また、資産や負債の市場価値が反映されていない等の問題点があり、EUでは、2012年を目指し、新しいソルベンシー規制の枠組みを検討している。このソルベンシーUは、銀行監督におけるバーゼルUと同様、以下の3本の柱を基準とした構造を採っている(図1)。このうち第1の柱では、経済価値を基準とするソルベンシー評価を目指している。

図1/ソルベンシーUの構造

 この枠組みでは、資産は市場価値で評価した上で、技術準備金(保険契約準備金に相当)を市場整合的出口価格で評価する。まず、ヘッジ可能リスクに対応する部分は、対応する金融資産の価値に基づき直接評価する。また、ヘッジ不能リスクは、最良推計で見積もった負債額にリスク割増を加えて評価する。この過程で、保険契約に組み込まれたオプションや保証は、確率論的に計算する必要がある。

 市場価値資産から技術準備金等の負債を控除すると、市場価値基準の資本が得られる。これから、最低限の資本として要求される最低資本要件(MCR)、損失を計上する逆境において、債務の履行ができるために要求されるソルベンシー資本要件(SCR)、さらに第2の柱である監督確認過程を反映した調整済SCRを控除したものが、会社の自由剰余金になる。SCR算出のため、標準モデルが規定される予定だが、高度な内部モデルを有する会社は、事前の認可を条件に、全体的または部分的に内部モデルを使用してSCRを決定することも認められる(図2)。

図2/ソルベンシーUにおける貸借対照表のイメージ

技術準備金

 技術準備金は、保険債務を保険契約者その他の受益者に対し履行するために積み立てる負債で、市場整合的出口価格で測定する。出口価格とは、仮に保険会社が保険契約上の権利・義務を即時に第三者に譲渡する場合に、その第三者に支払う必要のある額である。金融商品の売買によりリスクを実質的になくすことができる場合、そのリスクをヘッジ可能リスクという。ヘッジ可能リスクは、対応する金融資産の価値に基づき直接評価することができる。

 しかし、保険契約に付随するリスクのほとんどはヘッジ不能リスクである。ヘッジ不能リスクは、最良推計にリスク割増を加えて測定する。最良推計とは、保険契約に付随するすべての将来のキャッシュフローの現在価値の統計的期待値のことである。キャッシュフローには、保険料や保険給付のみならず、事業費、契約者配当、保険商品に組み込まれたオプションや保証も含む。

 7月に公表されたソルベンシーUの指令案等では、「リスク割増は、(再)保険企業がその契約上の権利および義務を即時に他の企業に移転するとした場合に、技術準備金の総額が今日支払わなければならないと期待される対価に等しくなることを確保するものである。また、代替的に、ポートフォリオの継続全期間にわたって(再)保険の債務を支えるために提供する資本に関し、最良推計を上回る追加的コストである。」と述べている。保険契約に内在するヘッジ不能リスクは市場と直接的相関を有しないことから、理論的にはリスク分散が可能である。そのため、純金融論の立場からは、最良推計が出口価値になるはずとも考えられる。しかし実務上、保険引受のためには、ソルベンシー・マージン(MCRやSCR)の積立が必要となるため、ここに、追加的な資本コストが発生する。これはしばしば、摩擦費用と呼ばれ、主に以下から構成される。

  • リスクのために要求される資本を裏付ける資産に対する税金および資産運用関連経費
  • 良い結果には発生せず悪いリスクの発生にのみ起因する費用、例えば、追加的資本を調達するための費用
  • 株主が、事業に投資した資本を直接的に自身で支配するのではなく、保険会社経営層という第三者に手渡すために必要となる負担

 リスク割増は、このような摩擦費用に対応して、リスクの引受に際し、市場において最良推計に追加して要求される額と考えられる。

 従来、リスク割増の計算方法として、想定されるリスクの一定百分位を基準に算出する百分位法と、想定されるリスクに対応する資本の追加的資本コストとして計算する資本コスト法の2方式が提案されていたが、指令案では、資本コスト法が採用された。資本コスト法では、リスク割増を、将来必要となるソルベンシー・マージン(SCRの一部)の一定率(例えば6%)の割引現在価値として算出する。

最低資本要件(MCR)

 MCRは、将来1年間に対する信頼水準80%〜90%のバリュー・アット・リスク(VaR)にカリブレートする。MCRを充足するのに十分な自己の利用可能源資を維持することができない場合には、直ちに監督当局に通知する必要があり、また1カ月以内に、3カ月以内にMCRの充足を回復できることを示す回復計画を提出することが要求される。適切な計画を提出できない場合には、認可が取り消される結果となる。

ソルベンシー資本要件(SCR)

 SCRは、事業体が継続する前提に基づき、将来1年間に対する信頼水準99.5%(おおむね200年に1度の破滅的状況に相当する)のVaRにカリブレートする。これは、法令で定める標準算式により計算するか、または事前に監督当局の承認を受けることを条件に、全体的もしくは部分的に会社の内部モデルを使用して計算する。SCRを充足するのに十分な利用可能源資を維持することができない場合には、直ちに監督当局に通知する必要があり、また、SCRの充足を回復できることを示す回復計画を提出することが要求される。その後3カ月以内に順守できないリスクがある場合には、その旨を監督者に通知しなければならない。

図3/QIS3におけるソルベンシー資本要件(SCR)標準算式の概要

 標準算式では、SCRを基本ソルベンシー資本要件(BSCR)と事業リスク(オペレーショナル・リスク)の和として計算する。事業リスクは、内部過程、人員、システムの不備もしくは不適切性または外的事象に基づく損害のリスクであり、法務リスクも含むが、風評リスクや戦略的意思決定に起因するリスクは含まない。2007年4月〜6月にCEIOPS(欧州保険職域年金監督者委員会)が実施した第3次計量的影響調査(QIS3)では、SCRの標準算式として、図3に示すリスク区分ごとに計算する方式での試算が行われた。QIS3は、方式案の実現可能性および影響を査定するため、保険会社に依頼して行う計量的な影響度合いの調査であり、最終的な指令や指針とは必ずしも直結しないが、現段階における技術的仕様案の詳細を最も忠実に記述するものと思われる。
 これによると、BSCRの各リスク区分(モジュール)はストレス・テストを用いて測定し、各リスク区分の相関を考慮して集計する(表3、表4)。有配当契約では、将来の契約者配当を削減することにより期待できるリスク緩和効果も調整する。

表3/指令案(2007年7月)におけるリスク大分類の相関行列


表4/QIS3等の試算で使用された市場リスク小分類の相関行列

 金利リスクは、利回り曲線に対する悪い方向への衝撃として、現状利回り曲線に(1+上向衝撃)と(1+下向衝撃)を掛け、その衝撃が純資産に与える影響を測定する。他の市場リスクも同様で、例えば株式リスクは、株式価値の32%下落衝撃(新興市場等の場合は45%)、不動産リスクは、不動産価値に対し20%下落衝撃等である。保険リスクに関してもおおむね同様で、例えば継続リスクは、解約率の50%増加、解約率の絶対年率での3%増加、解約率の50%減少の最も悪い結果を使用し、生保異常解約リスクは、75%×解約返戻金の準備金超過部分、死亡リスクは、死亡率が恒久的に10%増加した場合の影響、生存リスクは、死亡率が恒久的に25%減少した場合の影響である。有配当保険に関する衝撃の測定に際しては、契約者配当の削減によるリスク緩和効果も含めて計算する。

適格資本

 MCRやSCRを充足するために認められる適格な資本は、資本の各項目の損失吸収可能特性に基づき、3つの階層(tier)に分類される。最も確実性が高く貸借対照表に計上されている資本は第1階層になり、確実性が低い、あるいは貸借対照表に計上されていない資本は、より低位の第2階層または第3 階層となる(表5)。この分類に基づき、MCRおよびSCRを充足するのに使うことができる、損失吸収可能性がより低い資本の上限額が、以下のとおり定められる。

  • MCRの充足に関し:第1階層+第2階層≧MCR かつ
    第1階層≧第2階層
  • SCRの充足に関し:第1階層+第2階層+第3階層≧SCR、
    第2階層+第3階層≦2×第1階層かつ
    第3階層≦0.5×(第1階層+適格第2階層)

表5/指令案における適格資本の分類

その他の事項

 その他、ソルベンシーUでは、企業グループにおけるリスクの分散効果の織り込み方法、SCRの計算に使用する内部モデルの要件、開示要件その他の重要な監督要件に関して、多くの決定がこれまでになされてきている。

おわりに

 ソルベンシーUの目指す方向は、我が国のリスク管理監督規制が抱える問題点に包括的かつ現実的な解答をもたらすものである。加えて、ソルベンシーUの枠組みは、責任準備金の評価方法も含んだ包括的な貸借対照表アプローチを採っており、国際会計基準審議会(IASB)の目指す現在出口価価による保険会計基準第2フェーズとも整合的である。したがって、ソルベンシーUの枠組みは、リスク管理と価値管理を統合し、同一の尺度で意思決定を行う理想的な環境を与える基礎となりうる。報告書では、経済価値に基づくソルベンシー評価は中期的な目標として実現すべきとしているが、なるべく早期の導入が望まれる。

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●三石宣史 みついしのぶし/2000年にワトソンワイアットインシュアランスコンサルティング株式会社に入社、2004年に同社代表取締役社長に就任。同社入社前、19 年にわたって明治安田生命保険相互会社の主計部・企画部・情報システム部等に勤務。当社での業務実績には、国内外各種市場調査・参入計画立案、生保会社のM&A 支援、潜在価値(エンベディド・バリュー)の評価、生損保新商品開発、経営計画立案支援等。東京大学理学部卒、日本アクチュアリー会正会員。

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