ヤバい企業体質
強さと危うさ
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永田 稔
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企業体質とは一体何だろうか
昨今、企業の不祥事が続いている。その際によく出てくるのが「企業体質」という言葉である。企業体質に問題があるという意味は、特定の個人に問題があるだけでなく、会社全体が問題を起こす原因を備えているということである。
あの会社は企業体質に問題がある、問題の解決には企業体質の改善が必要だという一方で、トヨタの強さが語られる際にも企業体質という言葉が使われる。ただし、良い体質、悪い体質がはっきりと分かれるほど単純ではないだろう。一見、全社一丸となった成長志向の会社に、隠蔽体質などの問題が存在する。企業体質は、良い効果、悪い効果双方をもたらす可能性があるのだ。
経営者を超えて暴走する組織 ─ そこまでやれとは言っていないと絶句する経営者
多くのケースでは、問題が起きた企業はその経営者に責任がある。企業体質の大元を作るのは経営者のネイチャー(性質)であるためである。経営者の持つ「性質」が企業の「体質」の大元を作るのである。
例えば、企業が暴走してしまう際に、その企業が持つ飽くなき成長が原因であるケースが多い。この成長志向はもともと経営者個人が持つ成長への飽くなき意欲に起因している。企業の暴走は、この経営者の持っているもともとのネイチャー以上に、組織の体質として成長志向が極度に強化される場合に起こりがちである。
これが経営者のネイチャーが「企業体質」に転化されたということである。企業体質化によって、経営者の性質がシステム化され強化される。それが従業員に影響を与え、経営者の想定以上にある方向への志向性が強化されてしまうのだ。
このような企業が問題を起こした場合、経営者の本音としては、「ここまでやれとは言っていないのに……」という思いが見え隠れすると思うのは筆者一人の考えであろうか。テレビ画面を通じて伝わってくるのは、「自分は確かにこうしろと言った…… 、しかしここまでしろとは言っていない」という無言のメッセージである。経営者の想定する範囲を超えての組織の行動に経営者は戸惑っているのである。
問題を起こした企業に見えるのは、ある一定方向に極度にバランスを崩した姿であり、暴走した姿である。問題を起こした企業の一人ひとりは悪人でないケースが多い。ただし、一人ひとりの小さな取り組みが積み重なり、つながり合い、強化され、組織の暴走を招いているのだ。そこで起きているのは、組織というシステムが個々人に影響を与え、また個々人の持つ人間の弱さがシステムに影響を与える姿である。そして、その力学に翻弄される人間の姿である。
経営者を断罪するのは簡単だが…
問題を起こした企業のトップが頭を下げるシーンはもはや日常化してしまった。このような状態の中で、経営者を非難するのは簡単である。当然、問題を起こした企業の体質の源を作り上げたのは、彼自身であるし、その責任は問われるべきであろう。ただし、経営者を外せばその企業が良くなるかというとそうではない。問題は経営者個人の範疇を超え、組織のシステムとして広がっているのである。
広い意味でのシステム(そこの中でのヒトの動き方や動機づけ)に問題が広がっているのである。そのシステムを変えなければ、問題を解決したことにはならない。以下に負の面を併せ持つ企業体質とはどのようなものか、代表的な例を見てみよう。
過度な成長志向
規模の拡大は経営トップにとり、最大の安心材料である。成長は七難を隠すともいわれ、経営者は皆一様に成長を目指している。成長は内部の様々な問題をも隠し、成長=経営の成功として外部にもわかりやすい。人材面からも、成長している組織に属するメンバーは役割の拡大などで成長機会が与えられ日々仕事が広がってゆく。これが個人の成長期待を促し、人材や市場をひきつける好循環になっているのだ。成長自体は企業として喜ばしいことである。
その一方、過度の成長志向は危うさをはらんでいる。成長の危うさとは何か。それは成長への強迫観念である。成長に水を差すことはできないという意識の存在である。皆が成長という環境に喜んでいる真っ只中に一人水を差すような行為はできないという思いと、成長から降りることは脱落を意味するという意識(強迫観念)である。
これは、一人の内の中に生まれるものではない。会社のシステムがすべて成長を後押しする方向に向いており、立ち止まることを許さない環境を作り上げるのだ。この一人ひとりに生まれる「意識」と、止まることを許さない暗黙の環境がヒトを追い込んでゆくのだ。そこで生まれる虚偽ともいえないほどの小さなごまかしが、組織の中に蔓延する状態は枚挙にいとまがない。
スピードという名の暴走、実行重視の風土
スピードも、特にベンチャー企業や変化の激しい業界で戦う企業にとっては、大きな武器の一つである。環境変化にいち早く対応できるスピードは企業が勝てる確率を高める。いち早く動く=回転数を上げる、同じ人数でも回転数が高いほうが当然アウトプットが高くなる。時間という資源を有効に使う戦略である。このスピード経営にも「わな」が存在する。
ものすごいスピードで動いているものの、仕事が深まらない、蓄積されない、ヒトも疲弊し退職率も高いというケースは非常に多い。その結果、ノウハウ・知見がいつまでたっても蓄積されない組織となる危険が存在するのだ。いつまでもぐるぐると同じところを回っているのである。
このような企業では、皆が忙しく働いており切迫感のみ高まって、本当の意味での仕事が手につかない状態である。当然、手につかないため、コンプライアンス面などの問題も起こりやすい環境にある。
スピードがあることは良いことである。競争力の源泉である。ただし、組織の処理能力には限界がある。この面への洞察に欠けると組織に問題が起きる。そのような企業では、本質的な問題に取り組もうとすると、「そんな悠長なことを言っていられない。とにかく早く結果を出してくれ」ということになる。ただし、その問題に対する態度もすぐに冷めてしまい、解決しないまま次の問題に手をつけている。よって、スピードでうまくいっているように見えるが、実はその場しのぎを繰り返しているだけの場合が多い。そして、従業員は常に対応を迫られ疲弊してゆくのだ。
会社のシステムもスピードが中心の評価になっている。深く考えるヒトよりもまず動くヒトが評価をされ、その評価軸が組織に広がる。その結果、会社にはPDSサイクルでなく、常にドゥワー(Do-er)でなければならない風土が醸成される。さらに、検証を行わず、やりっ放しが蔓延する。ドゥワーが評価され、考えるヒトが評価されずに居心地が悪くなる。皆が走ることに熱を帯び、止まることを許されない。問題にじっくりと対処することは悪いことという雰囲気になり、本質的な問題は残されたままになるのだ。
現場に入り込みすぎるトップ
もう一つ例を挙げよう。トップの方で現場主義を標榜する方は多い。当然、トップの方が現場情報を把握して経営を行うことは良い行動である。ただし、この行動にも危険が存在する。トップの方が現場に対しアクティブに働きかける企業で我々が目にするのは、「入り込みすぎるわな」である。このような状態でよく目にするのは、「頭脳お任せ症候群」である。ヒラメ問題は昔からいわれてきた問題であるが、もっと深刻な問題が起きている。
我々外部のコンサルタントがアセスメントなどで組織の診断を行うと、結局この会社で本当に頭を使っているのは社長だけという事態にまま遭遇をする。トップの方が現場に入り込みすぎる結果、どうしても社員が受動的になってしまい「考えなくなる」集団になる可能性が高い。人材が育たない組織になってしまうのだ。人は困難にぶつかり、そこで考えて育つ。この貴重な経験をトップ自らが奪ってしまっているのである。
また、そこには相互の精神的な依存も発生してしまう。トップの方は、「俺がいないと……」と思い、部下も本音では「トップがいると楽……」という関係になる。このような組織はトップありきの組織になってしまい、いなくなると途端に不安定化するのである。
企業体質の「リスク」とは何か
以上見てきたように、通常望ましいといわれている企業体質が負の面を持つことが起こるのである。
人の長所が短所に変ずるように、企業体質も同様である。個人の性質と異なるのは、企業体質は「内部化」される点にある。内部化されるがゆえに、「見えにくくなり」、制御が難しくなる。内部化とは、組織の中に様々な形で埋め込まれてしまうということである。
それでは、なぜこのような「内部化」が起こるのであろうか。人事制度をはじめとする企業運営のシステムは経営者の「意向」によって作られてゆく。この活動は、経営者が直接指示したものだけでなく経営者から「任せた」ものに至るまで、「意向」を汲みながらほぼすべての制度やシステムの中に組み込まれてゆく。それは、例えば会議の運営の仕方からメールのやりとりの仕方に至るまで、ヒトの行動を方向づけてゆくのである。
この「意向」の蓄積が一方向への動きを過度に強化する。さらに方向づけられたヒトは制度やシステムが生み出す「意向」に逆らえず、結果として「意向」に沿うように働きかけてゆくのである。
筆者がしばしば観察することは、ある会社でお会いするヒトがすべて同じ口調で話をし、ものの見方や考え方も似ていることである。「意向」の強い影響の結果であろうか。制度やシステムに方向づけられ、それがヒトの思考や行動に影響をしていると考えられる。
これが組織の「慣性」となり、ある一定の方向への力となる。ただし、この力は上記したように、様々なヒトが様々な仕事に「意向」を埋め込んでしまうため、この制度が原因なのです、と特定をしにくくなってしまう。これが「内部化」のメカニズムである。
このことにより、その内部化のリスクは突然、思いもよらない形で目の前に現れることがある。想定しない形と想定しない大きさでそれは起こるのである。
このようなリスクを避けるために我々ができることは何であろうか。
第一には、企業体質やそれを生み出す内部化されたシステム、それが働きかけるヒトへの影響力を十分理解する必要がある。自らの会社の企業体質はどのようなものなのか、それはどのような背景で生み出され、どのようなシステムで現在強化されているのか。人事制度、組織運営、意思決定の各所に埋め込まれているはずである。それらがどのようにつながり影響し合っているかを解明する必要がある。
第二には、それらのシステムがヒトに与えている影響を把握することである。システムは有形無形のインセンティブとしてヒトに働きかけている。インセンティブとしてどのように機能しているのか、その結果、ヒトは今どのような心情にあるのか。ヒトはどのように行動しようとしているのか。ヒトへの心情面、行動面への影響を把握する必要がある。インセンティブとそれが引き出す行動を推察するのである。
第三に、上記を理解した上で、手だてをデザインすることである。優れた経営者を観察して思うことは、「バランス」や「抜き」に優れている点である。一方向への圧力を徹底的にかけ組織を成果に向けて動かす一方、その圧力が高まりすぎないようガス抜きを行う。このように、企業体質の負の面が高まらないように事前に手だてを打つことが必要である。
自らの会社を見直してみてはどうか。
「禍福は糾(あざな) える縄の如し」というように、正と負はその原因を一にして交互に顔を出すものではないか。「すごい」ことを目指している状態が「危うさ」を招いていないか。異なる角度から会社を眺めることで、会社の中に潜む「ヤバさ」が見えはしないだろうか。
●永田稔 ながたみのる/松下電器産業、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経てワトソンワイアット株式会社に入社。ビジネスモデル、組織モデル、人材マネジメントモデルを一体としたコンサルティングに従事。一橋大学社会学部卒、カリフォルニア大学ロサンゼルス校にてMBAを取得。
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